あのボール


織田信長 という名前でも、誰も当時は「信長」とは読んでいなかった。幼少期は「吉法師」と呼ばれ柴田勝家のように昔から織田家に仕える武将は「三郎様」や「上総介様」と呼んできた。敵対する信玄や謙信は「尾張守」と呼び、将軍の足利義昭は「弾正忠」、当時の天皇は「内大臣兼右近衛大将」と呼ばれていた。また、信長自ら名乗るときは、藤原家や平家の流れであることを表す「藤原信長」や「平信長」と書いた手紙が残っている。晩年には「第六天魔王信長」と記したものもある。ちなみに秀吉は信長のことを「上様」と読んでいたらしい。本来「上様」とは征夷大将軍のことを指すのであるが、尾張国一国一城の主の頃からそう呼んでいたのが秀吉らしい。

最近のレッスンで、子供にも一般クラスでも打っていくボールに名前を付けようというレッスンをしている。名前というものには、表にも裏にもそれに対する理念、意図、意味、必要性など様々なものが隠れている。例えばジュニアでは「アタック」「チャレンジ」と言ったショットに対する意図を説明して、ゲームで打つ前に宣言させてから打たせるという練習をさせている。ある場面で子供が「チャレンジ」という挑戦するという名のボールを打っても、相手からみると、大して困るようなショットでなかったり、第三者としてみているこちらからすると「挑戦」というより「無謀」ではないかと感じたりする。それは使いどころの状況やタイミングによって適切なときとそうでないときがある。また、その名の選択肢は人それぞれに合う合わないというものがある。ある子はこの場面でこのショットなら「アタック」でも、別の子は「アタック」しない方がいいとか、ポイントや試合の流れの優越で「チャレンジ」を控えたり、ギャンブル的な「アタック」を続けてもいい場合もある。

一般クラスでは、ショット名を心の中でつぶやくというレッスンをやっている。一般クラスでは自分の好きな名前を付けれるときはジュニアと同じく、早い判断で適切な名前をつけてやればいいのだが、好きな名前をつけれないとき、こういう名前しかつけれないという場面でどうすべきなのかということを考えなければいけない。自分で選択できず、状況や技量から考えてつけざるおえない名前の中で最善を探していくことが大切だからである。

こういった意図のあるレッスンの中で悪なのは、名前をつけないボールを打ってしまうことである。この行為はまるで生まれたらすぐに届けるべき出生届を数年後に提出するような不幸な行為であるということであり、名前がないということはその存在を否定していることになる。だから名無しのボールを打った後というのは、決まって次に動くのが遅れたり、相手から返ってきて打つところを探すのでパターンが物凄く遅くなりミスも増える。また、相手が名無しのボールを誤って打ってしまうような状況を作りだせば、こちらは逆に有利になることも重要な点である。

それにもう一つ大切なことがある。それは行動や動きに無理のない人は名前の付け方が自然で、結果がその名前の意図したものになる場合が多い。テニスにおいては『軌道の内側』という概念がわかっている人は、名前の付け方がとても適切である。自分で一からどんな名前のボールを打つのかと考えるのではなく、軌道に対する入り方が適切な名前を逆に教えてくれるということが多いからだ。また、打っていくボールに名前をつけるレッスンをすることで『軌道の内側』という概念を打ち方からではなく、展開の方から理解してくれる人が出てきはじめているのが嬉しいことだ。

 

自分で思いを込めて付けた名前は記憶に残る。だからポイントが終わってもどこが悪かったのか良かったのかという反省ができる。名前の付け方が間違っていたのか、名前の通りにコントロールできなかったのか、それ以上に相手が上手だったのか…。しかし打つボールに名前をつけることなんてそこまで深く考える必要はない。付けた名前とは裏腹に生意気な反抗をしはじめた長男をみていると、子育てよりはずっと簡単だと思うから。


 

 

 

自慢の発明


手前味噌ではありますが、僕は子供にサーブを教えるのが上手です。現在教えてる子供たちは全国大会に出るようなレベルを教えてる訳じゃないけど、ポンポン上手にサーブを打てるようになってきました。なんで、急に子供のサーブの記事を書こうかと思った理由は、最近、理学療法士でテニスを専門としている西川匠さんという方の『選手の体を学ぶテキスト』(有料)を購入して、ネットで動画やテキストなどで勉強しているからです。西川さんはテニスを専門としてるけどコーチではありません。だからここで僕が書くような、変で独創的なテニス理論とは違い、技術指導ではないけれど、なぜ体がこう動くのかとか、世界のトップレベルではどのような身体機能が推奨されているとか、このブログとは真逆のような真面目な内容です。ただ、意外にもリアルに現場で指導している僕の指導内容は理にかなっていることにも気づき、それを最近ではなく10年以上前からやっていたことを最近若い子たちにも自慢しています。

さて本題に入ります。僕独自のサーブ落とし込み方法です。ヒップオーバーヒップ、ショルダーオーバーショルダーと言われる形を取り入れるのが難しいようですが僕の手順とメニューをやれば簡単です。

①まず、窓から横に顔を出して手をふる「おーい」練習(これで右目の上を理解させる)

Play and Stayの簡易ネットに向かって横向きに立たせます。(ネットが腰から脇腹くらいの高さであることが重要)右利きは左脇腹を閉めさせて右腰を持ち上げさせます。そうすると窓から顔を出したような状態になり、向かい合わせのコーチと左手で「おーい」と呼びながら左手をふったげる。この状態で右手のラケットを上げさせて「ここがボールとラケットが当たるところになるからね」って説明します。

【補足】この形だと左足に体重がのる。本当は右足で右腰を持ち上げるんだけど順番として先に右目のボールの見方とボールの捉え方を伝えてだけ。

②トスを上げる前に右目右腰を持ち上げてからを作るボリス練習(ボリスとはボリス・ベッカー)

日本のテニススクールはトスを正確に上げるということを優先しがちで、肩、腰のラインを地面に平行にしてまっすぐ上げさしてしまいます。なんとなく頭の上で打つことでサーブを早く習得したようになるからです。でもボリス練習では、はじめトスは四方八方に飛んでしまうこともよくありますが、この揚げ足は絶対にとりません。しかも空振りも続出します。(とくに低年齢の子供)けれど、ベッカーみたいに反動つけて先に右目でトスを上げたい場所を見上げれたら褒めたげます。

この後の③が10年くらい前に発明した長座スマッシュ練習です。

ヒップオーバーヒップ、ショルダーオーバーショルダーの形ができるということは打点は右目の上になります。けれど、体を回旋させる子は打点を前にしたがり、厚いグリップで下に叩いてしまいます。これだとコートが広くなるにつれてネットを越えなくなり、ネットを超そうとするとスウィングを止めて極端に上方向に発射してしまいます。また、仮に正しい打点を習得させようとして、コーチが後ろ気味にトスを上げたげても、横向きの左側をあげて見上げ、そこから体を回してしまう。そこで、長座に座らせてコーチがトスを上げたげるのです。

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このときに正しい腕の動きも指導できます。画像の一番右側の子はラケットを担いでしまっています。このタイプは座ってるときに両方のお尻で座ってしまいます。また、右お尻で座っていたとしても打つときに左お尻への移行はしません。すると立ってサーブを打たせても横に体を回すだけになってしまう。一方で画像の打とうとしている子は自然です。この画像の角度ではわかりにくいかもしれないが、正面向きに長座しているが前からみると少し右肩が隠れている状態を打つ前に作っています。つまり前向きに長座させて「コーチに右肩を隠してごらん」っていえば担ぐ動作も徐々に直っていきます。そして何よりこう言うことで打つ前に右お尻に体重がのり、打つときに左お尻に移行します。また、長座で座らされているために打点を前にすることができません。

慣れてきたらネット越しにスマッシュもこれで練習させます。(でも本当はスマッシュよりサーブに効果がある) テニスをはじめたばかりの子に当てるとかコートに入れるから優先させないことが正しいサーブの動きを習得するのに大切で、ネット越しのこの練習も自然動作になっているかどうかのみに注視します。

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この練習を試してみようかと思うコーチが気になるのは空振りして顔面にボールが当たってしまうことかと思うはずです。まず一つ目はスポンジボールを使ってやること。これなら顔面に当てても大丈夫。二つ目はそもそもこれをやるときのコーチの出す軌道は、長座してる子の上を完全に抜けていくロブを上げる。(届かないところくらいがベース)だから、ラケットに届くかどうかというところに送るので空振りしても通過していくから体には当たらない。画像の打ってるこのようにマット運動の後ろ回りみたいな感じに打ち終わりがなる子はできています。

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ちなみに画像だけでも鋭い方は見抜いているかもしれませんが、この練習させるとグリップも薄く持つ子が増えます。コンチネンタルまでではないけれど厚いグリップで叩きません。この練習では教えてもないのにスピン回転で打つ子もいるくらいです。もちろん薄いグリップを矯正指導はしていません。正しい動作から自然に薄くなるのです。

この続きになる④のトロフィーポジションを作るための側転ジャンプ、⑤の右腰ロケットサーブについてはまた記事にできたらと思っています。

とにかく子供にサーブを教えるのに大切なのは順番だと思っています。16歳以降くらいで身につく正しい動きと、その年齢に達していない子供のサーブは全てがイコールではありません。ただ、いずれ正しい形になるというゴールを意識して焦らず徐々に近づいていけばいいという未来への投資だというものを順番に与えてやらねばなりません。ですから、見てる親が思わず「トスくらいしっかり上げなさい」とか「ボールをよく見ないから当たらないのよ」なんていう言葉から、子供を守ってやるのがコーチの役割だと思っています。

そんなことより、最近レッスンやコーチ研修で身振り手振りを交えながら説明をしてたら右のお尻が肉離れしたように痛みがあって、それが取れません(むしろ痛みが増している)

まあ、そんな痛みもサーブが上手くなる子をみたら痛みもどっかに飛んで行きますが。

 

 

 

 

 

きっと忘れない


彼れを知りて己を知れば 百戦して殆うからず

彼れを知らずして己を知れば一勝一負す

彼れを知らず己を知らざれば 戦う毎に必ず殆うし

2500年前の孫子から、戦い方の基本は変わっていない。羽生善治さんが『将棋とは』と聞かれて『他力』と答えてらっしゃる。だから一番強い手が最善手であるとは限らないといい、相手に委ねる。

問題はこの本質的な部分を羽生善治さんは二十代半ばに気づいたということだろう。つまり、羽生善治さんでも将棋をはじめて 10年以上も気づかなかったのだという事実が面白い。偉大な記録である7冠達成時には、自分の暗記力を生かしてガリガリと何十通り、何十手と読んで勝っていた。しかし、その能力が落ちてはじめて本質的な部分に気づきはじめたということになる。

最近のテニス指導は大きく変わってきた。あえて発展とはいわない。テニスも本質的には『他力』でありゲームベースドオンアプローチなどという横文字で低年齢から戦術を教えているそうだ。しかし、それを伝えることはそんなに簡単なことじゃない。要点は二つ。

1、相手のことより、自分のことだけみても勝てる人がいる。もしくは勝てる時期があるということ。

2、その本質的な事実は、気づくのに 10年、理解するのに 10年くらいはかかるということ。

だから、指導する側の私が最近気づいたこととして『相手をみて』という大切な事実を連呼するのではなく、それぞれにどのタイミングで伝えるかが大切なんだと思った。だから一人一人をみなきゃいけない。指導するこっちも一番強いアドバイスではいけない。待たなきゃいけない。相手に手を渡さなきゃいけない。

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逆さからものをみる


最近の長男について

小学5年生になる長男が、夏休みと冬休みだけの短期集中の学習塾に通い始めた。父親として私は学習塾はおろか学校の宿題にも否定的である。しかし、我が家は私の独裁政権ではない。とくに嫁の意見は無視することはできず、周りの多くが学習塾に通っており、文章の読解力が苦手な長男は学校のテストでいい点を取れない。もともと話すのも少し遅かった長男は今でも言葉を理解するのも話すのも苦手だ。そんな長男を私は親バカだから『アインシュタインみたいやなあ』と思っているし、勉強もせずに公園で誰よりも早くから遅くまで遊んで帰ってこないことを嫁から怒らている姿をみて『吉法師みたいやなあ』と思ったりしてみている。

昨日のこと

昨夜は遅くに帰ってきて、夜ご飯を食べていたら嫁から「この問題がわからないから、明日の冬期講習に行きたくないって言ってるよ」と言われた。その問題がこちら。

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緑色部分の面積を答えろという問題。飯を食いながらすぐに解けるなと思って考えはじめたが、なかなか解けない。私がつまづいた原因は面積を答えるべき三角形の高さを探したところにある。

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『ここがわかれば…。』を探そうとしたために、使おうとしたのが比率が違う同形の三角形だ。

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比率でも解けるんだけど、学のない私が難しい計算を使うという選択をした時点で間違いが起きる。しかも比率についての計算能力が怪しいために、賢い子(ムーくん)に助けてもらった。するとラインで返信がすぐに返ってきた。

 

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この質問をこんな時間にラインして、数分で返信してくることに感心しつつ、最初の『便宜上…』という一文でこの後の理解がすぐにできないことを察知し、しかもざっと読むと分数が出てくる。この時点ですぐに挫折した。でも、最後の『この面積、実は単純に5×12÷2なんですね』だけに注目した。私にも計算できそうな最後の望みであるという危機感が生まれると、私の頭も働きはじめた。一般のトーナメントでも、ジュニアはボール出し練習のメニューでもよく使う『チョウチョ』である。チョウチョができる補助線(赤線)が浮かんだ。

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つまり、求められてる面積は、チョウチョにすれば対角の羽も同じ面積になるんではないかと考えた。

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台形の対角線比からの法則が使えるんではないかと

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こんなことをムー君とやりとりしていると、グループラインんでトニー君からも返信があった。

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これを見て気づいた。たぶん三角形は底辺と高さが同じなら、形が違っても面積は同じになるってことを長男は習ったのではないか。

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この応用問題なのだとしたら、この三角形が目に浮かぶかどうかだったんだろう。

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12×12÷2=72となる。

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ここから紫三角形(12×7÷2=42)を引けば答えが出る。

まとめ

教える側ってのは、三角形の面積は底辺×高さ÷2という基本があって、高さってのは直角三角形がみえないといけない。それがみえたら、形は違えど底辺と高さが同じであれば面積は同じになるという法則を理解させ、次に比率について進もうとする。それがわかれば相似が理解できて向かい合うチョウチョの面積が同じであるといったような新たな法則を理解できると考える。でも教えられる側ってのは一人一人みな考え方や見方、癖や弱点が違い、教える側の都合通りに頭は働いてはくれない。たまにとてもそういった部分において優秀な子は、教える側の都合と合わせることができるんだろうと思う。だから学習塾でも少人数制や個別指導といううたい文句が流行っている。テニススクールでも同じだと思う。ただ、一斉指導であれ、個別指導であれ指導力の高い人というのは、どちらもできる。よくいるんだけど、一斉指導だと生徒側の理解力がないことを理由に個別指導がベターだっていう奴いるんだけど、そういう奴の個別指導ってスベってることが多い。

私自身も昨年は生徒さんに「ほら、簡単でしょ」って嫌やわあ って言われた。自分なりに自分側の都合で手順通りにできたと思えたら口に出してしまう言葉だ。それを感じ悪いと思われてるんだから私自身がそれだけ生徒さんを見てないってことだろう。教えられる側、問題を解く側から見るといろんなことに気づかされる。算数でも数学でも『逆さからみる』ってのは基本中の基本だもんね。

 

 

 

軌道に導かれ 軌道に惑わされ


新年明けましておめでとうございます。

昨年の最も大きな出来事として40歳になりました。至る所で年齢の老いに対するできないことが増え、年末のテニスで路地人さんの目の前でスマッシュをミスったことが全てを物語っていました。ただ、その老いとは相反する部分では、若い頃には出来なかったことができるようになっている部分もあります。弱冠40歳にして『人生は』とは早すぎますが、出来ないこと(不自由)と、出来ること(自由)とのバランスはネットのどの高さにボールを送るのかという判断と、とても似ているような気がします。

この記事のタイトルでもある、何に導かれ、何に惑わされるのかという塩梅はこれからも変わらないものでしょう。レッスンでは打ち方に導かれ、打ち方に惑わされている人たちに対して、どこから飛んでくるボールをどの方向に押して行くのかを指導していかなければなりません。試合では相手に導かれ、相手に惑わされてを伝えるために『みる』ということの『先のこと』をみえるようにさせなければいけません。ジュニアは 親に導かれ、親に惑わされ、であったり 学校の先生に導かれ、学校の先生に惑わされ、や 友達に導かれ、友達に惑わされ というように自己と向き合えるようなものをレッスンで目立たないように混ぜていかなければなりません。

この何かに導かれ、何かに惑わされるという相反する真ん中の隙間に『自由』があるんだと思います。明日はコーチスタッフとの初打ちです。どれだけ自由にテニスができるのか楽しみです。

捉えるということ


仕事ができない私がいうのもなんだけど、仕事ができる人ってのは時間の使い方が上手い。時間の使い方が上手いっていうのは、その仕事の中で時間のかかることと、かからないことの区別ができていて、時間のかかるものをやる時間の取り方が上手い。

それから、前に使ったものを再利用するのが上手い。何かの平均を出してくれっていわれたら、まず、そのデータがすぐに出てくる。そして『平均を出す』ということの計算式が入ったエクセルなんかのテンプレートを持っていて、そのデータをはめ込むだけ。また、そのテンプレートは『平均を出す』ということだけにとどまらず、偏差値やグラフ化もできるようにもなっていて頼まれた仕事以上のことができる場合が多い。

『生徒さんの身長の平均を出して』『月別の売上の平均を出して』『湿度の平均を出して』という3つの仕事を『平均を出す』という一つと捉えてる。また『平均を出す』だけでなく『順位を出す』『見込みを出す』『損益を出す』という3つの数値集計も、『データを計算式に当てはめる』という一つと捉えている。

落合博満は著書で『カーブ(変化球)の打ち方は存在しない』と書いている。カーブはボールの軌道が山形だから『ゆっくりのボール』と定義して、『速いボール』に対して待って打てばいいと考えているそうだ。結局はその世界で成功している人というのは、成功している人の『ものの見方』というもにがあり、それを捉えようとしているだけなんだと思う。

 

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未来ある若者へ


僕のところで働くということは、何よりもレッスンのことを優先させなきゃいけない。どんなことでも出来たことにこしたことはないけど、レッスンも出来ないで他の業務ができるなんてことは許さない。ジュニアのレッスン終わってコーチ室に戻ったらパソコンに向かってるコーチがいたから「コートで練習してこい」と一喝した。

コートでは『捉える』ということがどういうことか教えた。ボール打つ以前に素振りの軌道が違うこと、正しいスイングをしようと思ったらどうやってボール、ターゲット、打点を見ればいいかを伝えた。それを若者たちは自分たちのものにするために考えて練習するかどうかで自ずと結果は出てくるんだろう。言われてやってるようでは一生上手くならない。

何でも出来ろとは言わない。出来ないことはやらなくていい。サボるときはサボれ。妥協だってしたっていい。嘘もついていい。でも何か一つだけでも真剣に取り組まないといけないものを見誤ったらいけないと思う。それだけに時間を使えばいい。その努力は絶対に裏切らないと思うから。

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ステファン エドバーグ


長男が算数で立方体の展開図がわからないと言われたので、一緒に紙で展開図を書いて立方体をいくつも作った。それから算数の展開図の問題を解かせたら、サイコロの数字などでいくつかの法則みたいな気づくところを見つけていった。長男は小さな頃話しはじめるのが遅くて少し心配したことがあるように、言葉や文章の理解力に問題がある。ただ、歴史など興味のあることなら本もそこそこ読んでる。計算も速く、法則を見つけるのも早いが、立方体の絵が書いてあり『正方形はいくつあるでしょう』という問題を『1つ』と書いて間違える。たぶん立方体と正方形の違いはわかるが、言葉としての立方体も正方形も頭の中では『同じもの』というくくりで捉えているんだと思う。正方形と長方形の違いにも興味はなく、むしろ直線で結ばれる全ての形は直角三角形からできているということなんかに興味を示すんだと思う。ただ、学校のテストで良い点をとるには致命的な欠点であるが、この欠点が私は少し羨ましいと思うときがある。

福田雅之助さんが『この一球は無二の一球なり』とはおっしゃられている。確かにそうなのだが、いろんなボールや軌道の行き交う展開で、もっと長男的なひとくくりの『同じもの』という捉え方ができないとテニスは上手くいかないと思っている。一般的なテニススクールは基本のショットが6つもあるようで、そこに球種がドライブ、サイド、アンダーと3種類あり、打つ高さもロー、ミドル、ハイと3つもある。そして、それぞれにマニュアルに書かれた指導法というのがあって、それを1期間12週で教えていくそうだ。これは私の頭ではついていけない。けれど、師匠がよく言ってた「一つできれば全部わかる」という境地にも到達してない。

1990年代にステファン・エドバーグという選手がいた。エドバーグは美しいサーブアンドボレーに、華麗な片手バックハンドを打つというところを注目された選手である。けれど、私はそこではなく一瞬にして相手の弱点(入り方)を見抜いて、相手からの打ってくるコースを潰す技術が優れていると思っている。そのエドバーグが持つ予測技術に長男的なものの見方が必要なんだと感じてる。

先に正直に書いておくが、私は長男を賢い子だと確信している。けれど、その自慢を書きたいわけではない。ものの見方に関することを書いてる。わかるかなあ…。

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