腰の話1


今日のレッスンでスマッシュを打っていた生徒さんの手首の使い方に違和感を感じたので指摘しました。本当に細かな部分で、ボール自体はちゃんとスマッシュできていました。しかし気になったので注意をしました。ボール拾いが終わってそれを話すると、その生徒さんから「ある理想が邪魔してる」と言われたので、気になって「理想って?」と聞いたら「逆クロスへの鋭角に決めるスマッシュ」と言われたのです。それを聞いて私はなおさらドキッとしました。それはその理想が私と同じだったからです。

もう13年ほど前になるでしょうか。私がこの世界の師匠と出会えたのは。その師匠と初めて焼肉をご一緒させていただいたときに、生徒さんにテニスを教えるというのはどういうことなのか聞いていました。「自分で100本反復して掴んだものを、10本の反復で伝えること」「自分で1年間かけて掴んだものを1ヶ月で伝えること」だと教えていただきました。これ自体は難しい概念でもないので何となくわかったつもりでした。その師匠を目指して、私が最初に強烈な憧れを抱いたのがスマッシュでした。

師匠:「スマッシュはどこに打つの」

私:「し、し、下ですか、、、いや人のいないとこ、、、?」

師匠:「違う。サイドライン」

私:「サイドライン?」

師匠:「見といて」

そして、鋭角に刺さるスマッシュを見せてもらい、これをやりたいと強くおもったのです。これをやろうとして私がどうなったのかは身内ではよく知られたネタです。そのスマッシュをくる日もくる日も闇練していたら、ある日突然手首にゴルフボールくらいの大きさの瘤ができていたのです。あんまり痛いとしんどいか甘えたことは聞いてくれない親分ですら、それを見て「テニスすんな」と禁止令を出されたくらいの異様な瘤でした。幸いにして瘤はすぐに消えたのですが、ちゃんと腰を使って打たないとどういうことになるかを身を以て覚えた貴重な経験でした。

手首を一度壊したのを代償に、それからスマッシュは劇的に良くなりました。痛みと再発の怖さから手首が使えない状況でスマッシュすると骨がわかってきたのです。そのときに掴んだものが、今のウェイトレスターンや猪木待ちという練習方法の原型になっています。結局は目と腰の使い方だったのです。

生徒さんから聞いた理想のスマッシュの話によって、私の頭の中は、私自身がその理想を追いかけてどうなったのかという経験や思い出が走馬灯のように駆け巡ったのです。つまり、教えるとは「近道を教えること」という師匠から教わったことが全くもって出来ていないことを痛感したのです。だから見抜いてはいたのですが、腕に痛みを抱えているというのも生徒さんから聞きました。

その生徒さんのクラスといい、いくつかのクラスで「今年中に止まらせる」と言ってレッスンにプレッシャーをかけていたのですが、良くはなっているのですが、完全に出来たというところまではいけませんでした。この生徒さん以外にも期待の有望株が肘痛に悩ませれています。私のように怪我を乗り越えてでも掴んでくれそうな二人ではあるのですが、それでは、私が師匠に教わったことが出来ていないということを意味してしまいます。「今年中に止まらせる」と言ったクラスのレッスンは明日の雨で年を越しそうです。たぶん神様が降らす雨なんでしょう。

「練習なんてしなくていい、必要最低限のことだけすれば」と啖呵を切っておきながら必要最低限のことが出来ていないことに気づきました。年末年始休暇をゆっくり過ごしたいのであれば、今年中に必要最低限のことができるようにしなければと思う日でありました。

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