ええねん


相手があってのテニスやから、返ってくることは悪ない。けどな、相手からのボールを見て反応するだけちゃうくて、相手の入り方を見て『待ち』を作りたいねんよなあ。この『待ち』は正直いうたら直感(勘)で決めとるいうのが事実やろと思てる。けど実際のレッスンではそれを論理立てて説明してんねん。(根拠がはっきりしてるものがあるのも事実)

どんな打ち方をするとかどうでもようて、意図(目的)のある軌道をコントロールして相手を見りゃあ、次どの辺に返ってくるのか大概見えてくるやろ。そんための打ち方なんやから、その打ち方とか、どういう形とか振り方なんか関係のうて、相手からのボールをどう捉えるかっちゅうボールの見方になんねん。ほんで、この見方いうのは目の使い方もあるけど、目の動きだけの話やない。どの方向からどんな軌道で、それをどういう向きで待ち構えるかいうこっちゃ。それを伝えるんやったら、まだ直感としての『待ち』がないもんにも、論理的にここに返るっちゅうことを説明して、そこにコーチがコントロールしていくんや。ほんで、それが出来たらコーチ抜きでもできるように練習していくだけや。それも出来だしたら実戦でも使えるようになってきて、その精度を高めていく。そういうもんを経て直観力いうのはついてくるもんや。

それでやな、その過程として完璧主義に陥らないということも大切や。羽生善治さんが著書で『直感の七割は正しい』と書いとるように羽生さんでも七割やで。相手からの返球の『待ち』にしてもここにこういう軌道が必ずくるんとちごて、大体こうなるやろという読みの中に直感として「こうなる」いうんが見えてくるだけのことやがな。それも全部が見えるんちゃうで。そやから、凡人だけやのうて一流の人かてわからへん場面ちゅうのがあって、そういうときの相手への手の渡し方が上手いんや。その考えの基本いうたら、消極的でマイナスのイメージがあるように思われるけど 見切り、キャンセル待ち、逃げる、他力、というようなもんから生まれとる。そもそもこういう能力を身につけていく過程で、全てが予定通り進捗するわけがないやろ。

結局わやな、コーチがなんと言おうが、本になんと書いとろうが、自分の中の直感力を養うていかなあかんのとちゃうか。別にその過程で失敗してもええねん。へんてこりんな打ち方でもええねん。人より遅うてもええねん。教科書に書いてあることでのうてもええねん。セオリーじゃのうてもええねん。

けど、自分のやってきたことまでは否定したらあかんと思うで。

それさえせえへんかったら、後はほんまに何でもええねん。

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