上達


自分でテニスが上手くなったなあって思うときがある。他人に自分のテニスが上手くなったと思われるときがある。それぞれに感じるところがあって思うんだろうけど、その本質的な部分まで掘り下げていくと結局は『予測できること』が増えたんだと考えてる。ただし、予測ができるという一点で考えているのではない。例えばサーブに問題があってそれを克服するために練習してセカンドサーブの質と率が良くなったために、ファーストサーブに余裕ができたり、サーブ打った後の展開が早くなったりというようにショットや動き、確率といった線としての流れを通して『予測できること』が増えたという考えだ。

すると、この私なりの上達の解釈から考えた場合に『予測できること』が増えるというのには大きく二つのルートがあると考える。一つ目は打ち方から入るルートと、二つ目は展開から入っていくルートである。線で考えるからには、打ち方も展開もどちらも必要なのだが問題は順番と重要度だ。私はこの二つのルートに正解はないと思っているが、人によっての適正と不適正があると考えているのだ。

そこで考えるべきは体力、時間、環境である。年齢的にも若く、体力もあり身体能力的にも欠陥が少ない。しかも時間的なゆとりもある。日に4時間以上、週に5日はテニスをできる。環境も自宅や近所にテニスコートがあるとか、その練習レベルに合った練習相手もいつもいる。極端な例ではあるが、このくらい体力、時間、環境にゆとりがあれば打ち方から入る方が適正であろう。もっとゆとりがあれば肉体改造することも可能かもしれない。しかし、ほとんどのテニス愛好家にそんなゆとりはない。それなのに展開よりも打ち方が大好きな愛好家が多い(これは日本人特有なのかもしれないが)

持論ではあるが、テニスはフィットネスではなくゲームだと思ってる。相手があってのテニスであり、そこには相手のことを考える、見るといった『予測ができること』がベースにあると思ってる(持論ではあるがとは書いてるけど本音は絶対にそうだと思ってる)そして、それを考えて、それを意図した軌道を描くことができれば自然と打ち方は適切になってくる。これがあってからの打ち方の反復なんだと思う。

そして打ち方の反復には時間、場所と相手がいる。それを自分に合わせて手配できる人は少ない。そこで私が重要だと思うのが『ひとり練習』だ。壁打ちを含めて、自分でボールを打ったり、何かをボールと見立ててイメージしたりというようなひとり遊びができないと上達しない。(今同業の若い連中にやらしてるのもこれを学ばせるため)ただし『ひとり練習』であり『ひとり遊び』でもあるのだから、これを心底楽しめるというのも才能の一つである。忙しい奴より暇つぶしの上手い奴に賢いのが多いのもこれがある。

どっからボールは飛んできたの

どんなボールが打ちたいの

それは何のために

じゃあどんな軌道にすればいいの

じゃあそこを見ればいいじゃん

次に動いてりゃいいじゃん

 

たったこれだけなのにね。

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