軌道に導かれ 軌道に惑わされ


新年明けましておめでとうございます。

昨年の最も大きな出来事として40歳になりました。至る所で年齢の老いに対するできないことが増え、年末のテニスで路地人さんの目の前でスマッシュをミスったことが全てを物語っていました。ただ、その老いとは相反する部分では、若い頃には出来なかったことができるようになっている部分もあります。弱冠40歳にして『人生は』とは早すぎますが、出来ないこと(不自由)と、出来ること(自由)とのバランスはネットのどの高さにボールを送るのかという判断と、とても似ているような気がします。

この記事のタイトルでもある、何に導かれ、何に惑わされるのかという塩梅はこれからも変わらないものでしょう。レッスンでは打ち方に導かれ、打ち方に惑わされている人たちに対して、どこから飛んでくるボールをどの方向に押して行くのかを指導していかなければなりません。試合では相手に導かれ、相手に惑わされてを伝えるために『みる』ということの『先のこと』をみえるようにさせなければいけません。ジュニアは 親に導かれ、親に惑わされ、であったり 学校の先生に導かれ、学校の先生に惑わされ、や 友達に導かれ、友達に惑わされ というように自己と向き合えるようなものをレッスンで目立たないように混ぜていかなければなりません。

この何かに導かれ、何かに惑わされるという相反する真ん中の隙間に『自由』があるんだと思います。明日はコーチスタッフとの初打ちです。どれだけ自由にテニスができるのか楽しみです。

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