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捉えるということ


仕事ができない私がいうのもなんだけど、仕事ができる人ってのは時間の使い方が上手い。時間の使い方が上手いっていうのは、その仕事の中で時間のかかることと、かからないことの区別ができていて、時間のかかるものをやる時間の取り方が上手い。

それから、前に使ったものを再利用するのが上手い。何かの平均を出してくれっていわれたら、まず、そのデータがすぐに出てくる。そして『平均を出す』ということの計算式が入ったエクセルなんかのテンプレートを持っていて、そのデータをはめ込むだけ。また、そのテンプレートは『平均を出す』ということだけにとどまらず、偏差値やグラフ化もできるようにもなっていて頼まれた仕事以上のことができる場合が多い。

『生徒さんの身長の平均を出して』『月別の売上の平均を出して』『湿度の平均を出して』という3つの仕事を『平均を出す』という一つと捉えてる。また『平均を出す』だけでなく『順位を出す』『見込みを出す』『損益を出す』という3つの数値集計も、『データを計算式に当てはめる』という一つと捉えている。

落合博満は著書で『カーブ(変化球)の打ち方は存在しない』と書いている。カーブはボールの軌道が山形だから『ゆっくりのボール』と定義して、『速いボール』に対して待って打てばいいと考えているそうだ。結局はその世界で成功している人というのは、成功している人の『ものの見方』というもにがあり、それを捉えようとしているだけなんだと思う。

 

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未来ある若者へ


僕のところで働くということは、何よりもレッスンのことを優先させなきゃいけない。どんなことでも出来たことにこしたことはないけど、レッスンも出来ないで他の業務ができるなんてことは許さない。ジュニアのレッスン終わってコーチ室に戻ったらパソコンに向かってるコーチがいたから「コートで練習してこい」と一喝した。

コートでは『捉える』ということがどういうことか教えた。ボール打つ以前に素振りの軌道が違うこと、正しいスイングをしようと思ったらどうやってボール、ターゲット、打点を見ればいいかを伝えた。それを若者たちは自分たちのものにするために考えて練習するかどうかで自ずと結果は出てくるんだろう。言われてやってるようでは一生上手くならない。

何でも出来ろとは言わない。出来ないことはやらなくていい。サボるときはサボれ。妥協だってしたっていい。嘘もついていい。でも何か一つだけでも真剣に取り組まないといけないものを見誤ったらいけないと思う。それだけに時間を使えばいい。その努力は絶対に裏切らないと思うから。

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ステファン エドバーグ


長男が算数で立方体の展開図がわからないと言われたので、一緒に紙で展開図を書いて立方体をいくつも作った。それから算数の展開図の問題を解かせたら、サイコロの数字などでいくつかの法則みたいな気づくところを見つけていった。長男は小さな頃話しはじめるのが遅くて少し心配したことがあるように、言葉や文章の理解力に問題がある。ただ、歴史など興味のあることなら本もそこそこ読んでる。計算も速く、法則を見つけるのも早いが、立方体の絵が書いてあり『正方形はいくつあるでしょう』という問題を『1つ』と書いて間違える。たぶん立方体と正方形の違いはわかるが、言葉としての立方体も正方形も頭の中では『同じもの』というくくりで捉えているんだと思う。正方形と長方形の違いにも興味はなく、むしろ直線で結ばれる全ての形は直角三角形からできているということなんかに興味を示すんだと思う。ただ、学校のテストで良い点をとるには致命的な欠点であるが、この欠点が私は少し羨ましいと思うときがある。

福田雅之助さんが『この一球は無二の一球なり』とはおっしゃられている。確かにそうなのだが、いろんなボールや軌道の行き交う展開で、もっと長男的なひとくくりの『同じもの』という捉え方ができないとテニスは上手くいかないと思っている。一般的なテニススクールは基本のショットが6つもあるようで、そこに球種がドライブ、サイド、アンダーと3種類あり、打つ高さもロー、ミドル、ハイと3つもある。そして、それぞれにマニュアルに書かれた指導法というのがあって、それを1期間12週で教えていくそうだ。これは私の頭ではついていけない。けれど、師匠がよく言ってた「一つできれば全部わかる」という境地にも到達してない。

1990年代にステファン・エドバーグという選手がいた。エドバーグは美しいサーブアンドボレーに、華麗な片手バックハンドを打つというところを注目された選手である。けれど、私はそこではなく一瞬にして相手の弱点(入り方)を見抜いて、相手からの打ってくるコースを潰す技術が優れていると思っている。そのエドバーグが持つ予測技術に長男的なものの見方が必要なんだと感じてる。

先に正直に書いておくが、私は長男を賢い子だと確信している。けれど、その自慢を書きたいわけではない。ものの見方に関することを書いてる。わかるかなあ…。

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無視


また僕は無視をされてる。

僕のはなし

あることで矛盾を見つけたから、それをメールで一斉送信したら無視される。ただそのメール内容は重要なことが書かれてるから、偉い人が偉い人たちに対して返信するように即すと、当たり障りのない内容の返信メールが送られてくる。そこでその当たり障りのない返信に対して、3つの問いに答えるように送ると絶対に返信はこない。

 

トニー君のはなし

トニー君が仲間同志のグループラインに真剣に訴えたことを完全無視されたようで怒ってた。名指しで「〇〇はどういうことですか」と書いての完全無視である。なんで無視したのか問い詰められてる方は、完全に追い詰められて目が泳いでた。

 

長男の学校のはなし

長男の学年でいじめが問題になってる。何やら昨年の夏から連続して「〇〇死ね」みたいな落書きが学校中に書かれているようだ。緊急の保護者会にも僕は出席したけど、先生も被害者の親も僕から見たら本質が見えてない。対策として今年から学校に防犯カメラを設置するらしい。これは加害者のSOSなのにそこを気づいてないから対策も誤る。

 

テニスと一緒で『無視される』という行為の原因は『自分』にある場合と『相手』にある場合とに分かれる。相手にある場合は気にする必要がない。むしろ優勢なんだから喜ばしいことでもある。レッスンでは対戦相手に無視されるようなことばかり教えてる。けれど『自分』に原因がある場合は少し問題がややこしい。理由を簡単に説明すると『自分』のことは意外に自分ではわからないからだ。

『僕のはなし』は心配ない。性格が悪いからわざと相手が無視しなきゃいけない状況をわかってメールしてる。今日もその返信が来なかったことをつまみにビールを飲む。『トニー君のはなし』はお互いに問題があって、お互いにがんばってるところもあるから、僕が第三者として助言させてもらった。『長男の学校のはなし』は根が深い。学校の先生も保護者も加害者が完全な悪で、大人はこれっぽっちも悪いと思ってない。何が悪いのかすら気づいてない。

『無視』って『みる』が『無い』ことなんだけど、見てなくても見えてるということと、見えてるのに見てないふりをするということと、本当に何も見えてないことがあるよね。これってテニスと同じだよね。

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その人の気持ちになって考える


ハヤブサ君にオンコートでバックハンドの指導方法を教えてたら、急にトニー君がその話を遮り「試したい形があるんです」と言い出した。想定はデュースコートでの対並行からのショートボールがきた形。ここでストレート展開をしたいが、ストレート、センターともにがっちり警戒させられた状態になってる。

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そこで、これに対する方法として紫◯の右サイドへのボディ展開をレッスンでやったらしい。

(メイン練習の青◯の状態がもっと良かったり、紫◯がディフェンスとして前に詰めてきたらアングルでも構わない)

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すると青◯に入った生徒さんの一人に、この展開を拒否されたようだ。

真剣な生徒さんであれば、悪い意味じゃなくその練習を拒否されるということはある。意外に思われるかもしれないが僕は平和主義者だ。だから、生徒さんに拒否された場合はそれを怒ったり、生徒さんとケンカになったりすることはない。でも、その拒否を妥協して自分の主張を通さない訳でもない。これが何でできるかっていうと、簡単に説明しちゃえば『経験』になってしまうけど、もう少し噛み砕くと、その生徒さんの見えてる世界をのぞき見ようとするからなんだと思う。トニー君からは、その生徒さんが誰かも聞いてるから、なおさら、その生徒さんの見てる世界を推理しやすかった。

たぶん、そのボディにつくショットだけのことではなく、その後の展開(悪い意味での)が見えてたんだと思う。

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そのボディ展開をして、紫◯からの返球がセンターにきて、自分がバックハンドボレーできるなら悪い形ではない。けれど、紫◯からストレートにボールが流れたときが問題になるんだと思う。ピンク◯がセンターに打って、寄せた緑◯にストレートに切り返されてやられる風景があったんだと思った。

だから、それを拒否した生徒さんに、この展開を促しても、そういう先が見えてしまう人ってのはどんどん頭の中が脱線してしまう。だから、そうなったら目先を変えてやんないといけない。この展開をできないのは青◯の人が悪いんじゃない。ピンク◯の人が悪いんだと。

要するに、この展開を拒否した人が見えてた世界は、自分たちがやられちゃうチョウチョ(青◯→紫◯→ピンク◯→緑◯→青)のボール回しが見えてた。その原因を作ってんのは青◯のボールじゃなく、ピンク◯のボールコースにあることを伝えりゃいいんだ。

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この場面でのストレートは紫◯がストレートに展開して、味方ペアの緑◯にチャンスを回すような意図はない。ピンチだから緑◯に助けてもらう、もしくは、ただストレートに流れてしまう(そこしかいかなかった)という状態なんだ。前者であれば、ピンク◯のボールが緑◯に流れるのは仕方ない。けれど後者ならピンク◯はまだコントロールできる。それなら紫◯のバックハンドにコントロールして、そこから紫◯→青◯→緑◯という、勝ちにつながるチョウチョに変えちゃえばいいんだ。

そこで、僕はこんなドリルをやってる。

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この図の『ここから自由』までを約束練習にした、前並行 対 前並行 のドリルだ。ここから自由であって、実は自由にはできない。要点として上手くいかなかったときに、ミスしたことじゃなく、誰に迷惑をかけたのか。ウィナーをとった人には、誰のおかげでそれができたのかをはっきり伝えてやればいい。

ということで、ここまでをまとめると、拒否した生徒さんは悪くない。むしろいろいろ見えてて素晴らしい。問題はペアのピンク◯が悪いということ。その本質はピンク◯がタテ割りを理解できてないところにある。けれど、拒否した生徒さんも青◯としての主張は正しいが、ピンク◯のポジションに立ったときに、正しくボールをチョウチョに回せるかどうか。つまり、みんな本当にタテ割りを理解してるかどうか。じゃあ、それを担当するコーチに深い解釈があるかどうかとなる。

よって、岡山の露天風呂で2時間も裸で話した僕のタテ割りを理解させることと、その大切さということがわかってくれると思う。

そして、この記事を誰に向けて書いてるかということ。この記事の内容は全部オンコートでトニー君には伝えたし、意味はわかってくれてるからわざわざ記事にすることでもない。これはハヤブサ君に書いてるんだよ。君がコーチになるための一歩として。

 

 

ふたつの心


岡山にお招きいただきありがとうございました。

嘘をついたのですが、なぜ岡山にお招きいただいたのかわかっておりました。

嫁さん子供までお土産、心遣い感謝いたします。

いつかのカラオケで私が歌たった尾崎豊の『ふたつの心』を聴きながら新幹線で帰りました。

うちの若いもんも、今日から頑張っていると思います。

いい意味で、これから忙しくなりそうです。

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長文の記事になるなと思ったけど、書き始めたら短くまとめざるおえなくなった記事


まだ『たくさん』とは言えないが、最近になって同業の方から『コーチを探してる。早急に必要だ』という連絡が2件あった。たった2件だから『たくさん』ではないけれど、いずれこれが『たくさん』になることは間違いないように思う。テニススクールの業界なんて規模としては小さいけれど、大きな規模の企業では『人手不足』が深刻で大手同士で協力しないとやっていけない事態に陥っているようだ。長距離ドライバーが人手不足で車を運ぶのに大手自動車メーカー同士が同じトラックでシェアしているそうだ。

人工知能が発達して、ロボットが仕事を奪うという点において、テニスコーチはロボット的に仕事を奪いにくい職業。けれどテニススクールで雇われているテニスコーチは人手不足で経営が成り立たなくなるだろう。人手不足が起こると、待遇が改善される。けれどテニススクールのような業界にこれ以上の待遇をあげる体力は間違いなくない。つまりテニススクールはテニスコーチが見つからないという理由からの廃校が増えると予測する。僕がこの仕事を続けていけるのも長くて東京オリンピック頃までだと思う。

今回の記事内容は書きながら思ったけど、なかなか書きにくい。匿名ブログとはいえ色々知りすぎてるからあまり詳しく書けないことが多い。とりあえず、まとめるとテニススクールに勤めてるテニスコーチってのは僕らの世代が最後だと思う。(今の業界のままなら)

テニススクールで、テニスを教えて飯を食ってたなんて孫に話すと驚かれるんだろうなあ。それが仕事だったから手書きのレッスンノートなんて見せたらびっくりするだろうなあ。

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出会い


プロ野球のキャンプが始まった。何やらヤクルトスワローズが初日から10時間ほど練習させたらしい。阪神も広島も中日もキャンプの練習時間がこの数年長くなっている傾向がある。この傾向は落合博満さんが中日を何度も優勝させ、その中日のキャンプが練習日数といい、時間といいこれまでになく長かったことが要因だと思う。ただ、落合監督が就任するまでは逆に練習日数、時間はどんどんと短くなっていた時期もあった。それはヤクルトで野村克也さんが常勝チームに育て上げ、そのヤクルトの練習時間は人間の集中力という観点から短めだった。その代わりに毎夜戦略ミーティングを行っていた。

現在の野球界には大きな3つの流派みたいなものに分かれる。

まずはイチロー流。身体が持つ自然との調和を重視する人で、ウェイトトレーニングはナンセンスと言い切る、自分の意識や感覚を大切にして、それが柔らかい体と頭がないと邪魔されるという考えで、個性を尊重する流派。

続いては落合博満流。古き良き時代を取り戻すという考え方。走る練習もトレーニングシューズではなくスパイクで、筋肉はウェイトトレーニングではなく素振りをすれば、ノックを受ければ自然につく。野球動作以外に必要な筋肉はいらない。そして、何より走ることが最も大切で、心技体ではなく、体技心で、まず身体で覚えてしまうという流派。

最後はダルビッシュ流。スポーツ生理学から栄養学まで最新のデータを駆使して、プロテインなども服用してウェイトトレーニングを重視する。長時間の走る、打つ、投げるの反復練習に反対で、効率化重視。高校野球は週休二日にすべき、投手は球数制限を設けるべきという意見を強く持ち、感覚や伝統といったあやふやな理屈が大嫌いで、科学的な根拠に基づくものしか信じない流派。

これら三つの流派は、プロ野球界だけではないように思うのは私だけではないだろう。テニスの世界だって、スクールだって、ジュニア育成にしたって、大体この三つに流派が分かれる。スポーツだけではないだろう。将棋にしても、商売にしても、会社経営にしても同じではないだろうか。

結局はどれが正解というのではなく、どれも正解でどれも間違いみたいなところがある。そして、イチロー、落合、ダルビッシュともにその世界での成功者であり結果を出してる。こう考えていくと結局は出会いなんだとつくづく思う。いくら生まれ持った性癖があるとはいえ、幼少期に育てられ方、初めての先生、師匠、上司、ライバル、仲間といった人との出会いが大きいだろう。

私は人との出会いに恵まれてきたと思ってる。それに感謝してる。ただ、もう少し年齢的にも私と出会って感謝されるようでないといけないと思った。

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楽しいリズム


長男が10歳になった。子供が大きくなってくると、その教育方法で嫁と意見が合わないことが出てくる。一日30分から1時間は机に向かう時間を作るとか、塾の短期講習を受けさせるとか…。僕はそれらがみんな反対意見。まだ遊ぶ時間が足りない。もっと遊んでほしい。遊ぶ時間が多ければ多いほど賢くなる。子供たちが遊んでる姿をちょっとだけじゃなく、長時間見たことある人って少ない。僕みたいな暇人間でないと難しい。子供たちは飛び跳ねて全身でリズムをとってる。スキップして楽しさがにじみ出てる。

テニスでは遊ぶ時間を自分で作らないといけない。遊ぶ時間は相手が対ボレーなら、自分の打ったボールがネット越えるまで。対ストロークなら自分の打ったボールがバウンドするまで。この遊ぶ時間が多ければ移動がスムーズだし、ショットにゆとりがあるし、運ぶのも、引きつけてコースを突くこともできる。つまり自由になれることが多くなる。生徒さんのレッスンやレンタルコートやってるところを長時間見たことある人って少ない。僕みたいな暇コーチじゃないと難しい。生徒さんは全身でリズムがとれてない。足は細かく動いてるけど忙しなさがにじみ出てる。

僕みたいに大人になっても遊びすぎの人間は良くない。けれど、真面目だけど忙しいばかりの人間もくだらない。その間のちょうどいい塩梅があって、そんな子に我が子も育てたい。この概念を嫁にどう伝えるかが問題だなあ。

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ゆっくりやると早くなる


今日は31日の月末日。うちは優秀な若手がいっぱい月末月初の仕事をやってくれるから、私の仕事はほとんどない。しかし、その少しだけの業務ですら、やろうとしても身体が動かない。やらなきゃいけない日に限って朝早くに目が覚めて、こうしてブログなんか書いてる。こうやってどんどん時間がなくなっていくのが毎月のことである。

寝てる時というのは意識がない。その中で『時間』を認識することは出来ない。けれどずっと寝てるわけじゃないから、眠る前と起きたときに意識できる変化で、どれくらい睡眠したのかを理解している。「ちょっと眠たいな」と思って眠り、起きたら「スッキリした」という意識の変化で睡眠が十分に取れたと認識する。夜の暗闇から、起きたときは閉めたカーテンの隙間から日が差してるという風景の認識。あくまで時計の針の変化、デジタル数字の変化というのは確認でしかない。意識のこととして「楽しいときは時間が経つのが早い」っていうけれど、「何かやらなきゃいけない」っていう未来も時間経過が早く感んじる。それは楽しい時間ではないけれど。

これからやらなきゃいけないことを処理するのは、時間があっという間に訪れて、進行している時間は長く感じる。楽しいってのは意識の中で、創造したり、試したり、挑戦したりと遊んでる。こういうときは楽しみが膨らみ、進行するまでの時間にやることがいっぱいある。進行しはじめたらあっという間に終わってしまう。時間がない状態を人は『忙しい』という。それは読んで字のごとく心を失ってる。ゆとりがない状態を人は『忙しない』という。これも心を失ってる。

まず『ゆっくり』やる時間をとるところから。ボールのスピードも動きも

そして『前を見る』ところから。ボールの動きを追わない

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