カテゴリー別アーカイブ: feel

無視


また僕は無視をされてる。

僕のはなし

あることで矛盾を見つけたから、それをメールで一斉送信したら無視される。ただそのメール内容は重要なことが書かれてるから、偉い人が偉い人たちに対して返信するように即すと、当たり障りのない内容の返信メールが送られてくる。そこでその当たり障りのない返信に対して、3つの問いに答えるように送ると絶対に返信はこない。

 

トニー君のはなし

トニー君が仲間同志のグループラインに真剣に訴えたことを完全無視されたようで怒ってた。名指しで「〇〇はどういうことですか」と書いての完全無視である。なんで無視したのか問い詰められてる方は、完全に追い詰められて目が泳いでた。

 

長男の学校のはなし

長男の学年でいじめが問題になってる。何やら昨年の夏から連続して「〇〇死ね」みたいな落書きが学校中に書かれているようだ。緊急の保護者会にも僕は出席したけど、先生も被害者の親も僕から見たら本質が見えてない。対策として今年から学校に防犯カメラを設置するらしい。これは加害者のSOSなのにそこを気づいてないから対策も誤る。

 

テニスと一緒で『無視される』という行為の原因は『自分』にある場合と『相手』にある場合とに分かれる。相手にある場合は気にする必要がない。むしろ優勢なんだから喜ばしいことでもある。レッスンでは対戦相手に無視されるようなことばかり教えてる。けれど『自分』に原因がある場合は少し問題がややこしい。理由を簡単に説明すると『自分』のことは意外に自分ではわからないからだ。

『僕のはなし』は心配ない。性格が悪いからわざと相手が無視しなきゃいけない状況をわかってメールしてる。今日もその返信が来なかったことをつまみにビールを飲む。『トニー君のはなし』はお互いに問題があって、お互いにがんばってるところもあるから、僕が第三者として助言させてもらった。『長男の学校のはなし』は根が深い。学校の先生も保護者も加害者が完全な悪で、大人はこれっぽっちも悪いと思ってない。何が悪いのかすら気づいてない。

『無視』って『みる』が『無い』ことなんだけど、見てなくても見えてるということと、見えてるのに見てないふりをするということと、本当に何も見えてないことがあるよね。これってテニスと同じだよね。

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ふたつの心


岡山にお招きいただきありがとうございました。

嘘をついたのですが、なぜ岡山にお招きいただいたのかわかっておりました。

嫁さん子供までお土産、心遣い感謝いたします。

いつかのカラオケで私が歌たった尾崎豊の『ふたつの心』を聴きながら新幹線で帰りました。

うちの若いもんも、今日から頑張っていると思います。

いい意味で、これから忙しくなりそうです。

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ダブルスでナイスポイントがあると、ペア同士でハイタッチをするときがある。このハイタッチをただ手と手を合わせようとしても上手くいかない。必ず相手の手を捉えるための予備動作が入ってる。この予備動作なしにハイタッチしようとすると誰とやっても息が合わない。

僕は性格的に短気なところがあり、昔から手足が出てしまい方方に迷惑をかけたことがある。昨年の忘年会も後輩の段取りの悪さ、お店のドリンクが出てくるタイミングが悪くイライラしてた。そんな僕だけど、テニスでは短気じゃなくなった。味方ペアだけじゃなく、相手ペアともお友達になるように心がけてる。そうすれば、味方ペアとのハイタッチのように、相手からのボールも捉えることができる。それは手の適切なタイミングでの予備動作が入るから、ゆったりとタイミングがとれ、力みがなく、肘が抜けて、手首が入る。

漢字の『友』という字の由来には、『右』という字を二つ重ねてるという意味がある。右手と右手が合わさってるんだ。それはハイタッチや握手という姿があり、それが合うから『友』なんだ。だからみんなナイスポイントの後のハイタッチは手首が適切に入ってる。けれど相手からのボールには手首が適切に入ってない。その答えは簡単だ。『友』になれてないからだ。

ペアだけじゃないよ『友』になるのは

相手ペアも飛んでくるボールも

だから絶対に叩いちゃいけない

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芸の浅さ


年末に昔お手伝いしてくれたコーチも呼んでテニスをした。25歳以上のオールドチームと25歳以下のヤングチームで団体戦からスタート。若者のボールは速く来年に40歳になる私はますますボールが見えなくなってきてることを感じながらのプレーでした。けれど、見えなくなった分、見えるところも増えてきており、接戦を制しました。その後も若い上手いどころを見つけて試合をして、これまたボールは全然見えませんでしたが、見えてるところ勝負でタイブレークの接戦の末に勝利。

試合は全勝で気分良くタバコをすってたら、路地人さんに一言「下手になった」といわれた。若い子たちは上手くなったと褒められていたが…。しかも一番最近よくなってきたと思われるサーブについては真反対の意見だった。

大晦日は紅白歌合戦を家族で炬燵に入りながらゆっくりと観た。歌の最中にけん玉のギネス記録に挑戦するという企画に代表されるように、派手なインパクトがないと数字が取れない時代背景を考えつつ、Xjapanのyoshikiだけは浅いサプライズでのドラムなんて見せずにクラシックなピアノソロでも10分くらい弾いてほしかったものだ。ほとんどの歌手に芸の浅さがみえ、余興の渡辺直美のダンスの方が深いくらいだった。でも楽しみにしてた三浦大知だけは芸に深さのあるものを見せてもらった。

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仕事の方では、今年も紅白のけん玉企画のようなものをやれといわれて断固として拒絶してまた嫌われるんだろうけど、そんなことより下手になったといわれた捉え方とサーブと深く向き合っていかないといけない。年始も身内のコーチ同士の練習会からはじまる。レベルもこっちの方が高いから何か深いものが見えてくるかもしれない。

仕事の方では昔の紅白を取り戻す。司会はアナウンサー、演出は生演奏、生コーラス、花吹雪、野鳥の会だけでいいじゃないか。

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39の夜


今、学校で習ってる小数点が苦手な長男に、小数点を教えてくれと嫁に頼まれた。真面目に教えようとお父さん先生をしたけれど、話はどうも脱線してしまう。息子に聞くと消費税の問題が出るらしく、消費税を説明しようとしたことが話が脱線しすぎた理由だと思う。

物事を分類するという中で『変わるもの 変わらないもの』という概念で分類するというのはオーソドックスなやり方だ。経費でも売上でも『変動 固定』にするということから始めるように。消費税の計算方法なんて値段に1.08かけるのと、逆に割るのと、0.08かけるくらい覚えてりゃ、あとは計算機で簡単にわかる。けれど消費税だけじゃなく、これから税法というのがどう変わっていくのかは難しい。それで税とはどういうもので、昔はそれがお金じゃなくてお米だったとか秀吉の太閤検地とかを説明しはじめたらどんどん脱線していった。税は消費税だけじゃなくいろんなものにかかっていて所得税から土地、自動車、酒、煙草などの税率を一緒に調べていった。所得税なんかは年収の額が大きくなるにしたがって割合も大きくなるから、私の給与明細を見せて実際に計算したり、大きな金額を稼ぐプロ野球選手の所得税を計算したりして遊んだ。

すると話はまた脱線して、小数点というものを扱う数字が変化するものに多いということに子供が気づいたから話は確率の話になった。長男がやってる野球も打率や防御率といった数字がある(防御率は少し難しいからパス)それをまた遊びながら計算したりした。

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あまりに脱線しすぎたので、私ははじめに長男に何を 伝えたかったんだろうかと考えた。最も伝えたかったのは『変わるもの 変わらないもの』があるということだ。『変わるもの』が一つ変わると他にも変わる部分がある。そして、それがなぜ変わったのかということを理解することの大切さである。それに『変わらないもの』もある。それはそれで『変わるもの』に影響されても変えちゃいけないものもあるということだ。よくよく考えると、私が生まれたときに消費税なんてなかった。はじまった当初は3%だった。学生時代は5%だった。自動販売機のジュースをはじめて買ったときは100円だったし、よく買ってた頃は110円だった。けれどいつに間にか130円になってる。そんな話をしてたら尾崎豊の『15の夜』が頭に流れてきて、昔は自動販売機のジュースが100円だったことを証明するために聴かせてあげた。

最初は『闇の中 ぽつんと光る 自動販売機 100円玉で買える温もり 熱い缶コーヒー握りしめ』を聴かせるだけだった。けれど、歌詞冒頭の『落書きの教科書と 外ばかり見てる俺』にはじまり、やりばのない気持ち 逃げ場のない 背を向けながら 大人たちを睨む 家出の計画を立てる 自分の存在  誰にも縛られたくない 逃げ込んだ夜… と、なぜか心に響くフレーズばかりだった。そういえば、先月の会議みたいなやつで、私はずっと落書きして別のことを考えてた。真剣に話せばウザがられ、現実論を話せば場をしらけさす。昼ごはんも一人で食べて、夜の忘年会も辞退して一人で帰った。私が尾崎豊を知ったのは中学二年生だった。14歳で聴いたときも同じように心に響いたことを今でもはっきりと覚えてる。それが39歳になった今でも心に響く。9歳の長男の心にもいずれ響く歌になるのは間違いない。

あっ、そんなことより自分がテニスコーチだということを忘れてた。相手がベースラインにいても未来永劫ずっと後ろにいるわけじゃないよ。チャンスボールだと思っても、自分はどこに立ってるの?そして相手はどこに? そのためにはどんな軌道をどこまで描くのかな。そして次にどこへポジションを変えるのかな?

テニスでは行く先のわからないまま走り出したら駄目だよ

自由になれた気がしたでは駄目だよ

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ソビエト連邦共和国


『リストラ』という言葉の意味がはき違えられているように、人が人を通して理解するために必要不可欠な言葉という道具が、うまく使えていないということがある。また、『何を言ったか』より『誰が言ったのか』『みんな言ってることか』が優先される人には余計に違う解釈をされてしまう。とくに日本という国はこれから超少子高齢化時代に突入するんだから『リストラ』がとても必要になってくる。

同じような言葉に『ペレストロイカ』という言葉がある。意味は再構築ということだが、1980年代の後半にソビエト連邦のゴルバチョフ書記長(後の大統領)が破綻しつつあった社会主義国を再建しようとしてとった政策名のことである。この言葉自体もとても素敵な言葉なんだけど、結局は失敗になってしまったこと、ソビエト、ロシアという国の印象の悪さから、素敵な言葉とかそういう意味があるとか思われていない。

僕がレッスンで教えてるのは、まさにこの『リストラ』と『ペレストロイカ』である。足し算より引き算という要素が強く、気をつけないととても悪い意味で捉えられてしまう。いい意味でいえばシンプルとか無理のないってことなの。

そして僕はAB型だから二面性の男である。僕の中にはゴルバチョフのような平和主義者である一面と、プーチンのような目的達成のためには手段を選ばない一面がある。ソビエト、ロシアという国に僕が僕を理解するためのヒントが隠れてるのかもしれない。

あっ、それから仕事の方でも来年から本格的に『リストラ』と『ペレストロイカ』するよ。

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脈絡がない


自分なりにテニスのことが少しずつわかるようになってくると、お友達が減ってくる。根本的な間違いに気付いたりするもんだから、たかだか遊びのテニスなんだけど、何か人間否定のようなアドバイスに取られかない。だから、最近はテニスのことを話しするときにその辺を気にしすぎて他人行儀になりすぎる。ゴッドファーザーのマイケルみたいな顔をしてることが多いんじゃないかと思う。自分では認めたくないだけで、ちょっとイライラしてるから子供たちにあたってしまうこともある。すごい自己嫌悪におちいる。

今日は休日だ。

雨で子供たちの少年野球もない。こんな日は何をすればいいのだろう。嫁が部屋の模様替えをしてるから手伝うべきか。子供たちは将棋してるから一緒に遊ぼうか。それとも本でも読みながら昼寝でもしようか。そんなこと考えてたら、なぜかアメリカにレイモンドっていう女子のテニス選手がいたことを思い出した。彼女のテニスが素晴らしかったというのが頭に浮かんでくる。

どうやら今の僕には、脈絡というのがないようだ。いやむしろ脈絡をわざとつなげようとしてないのかもしれない。テニスの試合に負けるときってこんなときだよね。

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迷わない


おばあちゃんが、子供たちのために本を買ってきた。

読んでみたら『こどもの』が余分じゃないかと思った。ページ数や量は確かに『こどものための』なんだけど、内容は大人子供と関係ない。簡単に書いてるけど本当に理解して実践してる人は多くないはずだ。

利に合えば即ち動き 利に合わざれば即ち止まる

物事の判断として『好きか嫌いか』と『有利か不利か』のどちらを基準に考えれば適切なのかなんて、すぐに正しい答えを導き出すのは難しい。何が有利なのかわからないから、好きなことを選択するとそれが後で有利だと気づくこともあれば、何が好きなことなのかわからないときに、有利なことを選択すると、それが後になって好きなことだったと気づくときもある。要はわからない、迷っている状態が多いの。でも、孫子は迷わない。

最近、お天気の週間予報はずっと雨だ。先週もそうだった。けれど全部雨だったわけではない。秋雨前線が停滞する時期で、それが上がってくるのか下がるのかがわからないからだ。今日だって昼から雨は上がる予報だが前線次第ではわからない。台風の軌道もわからない。一応は週明けに上陸しそうなんだけど、それも曲がり方次第でわからない。気象予報士さんもさぞ迷っていることだろう。でも、諸葛孔明は迷わない。

僕は孫子みたいな偉い人じゃないから、決断に多少の迷いがあっても構わない。諸葛孔明みたいに人に頼られる人でもないから、秋雨前線や台風の動きが読めなくても構わない。けれど、テニスコーチだからテニスコート上では迷いたくない。生徒さんがテニスコート上で迷うのは僕の責任だ。

そんなこと考えながら早速迷ってる。昼からは上がるはずの雨が上がらない。昼からのレッスンをやるかやらないかで迷ってる。

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井上陽水の歌が美しいわけ


やんでるはずの雨がまだ降ってる。子供の野球のリーグ戦が中止になったので、ちょっと難しい(私にとって)本でも読もうかと思ってる。

この著者の西成先生は、車の渋滞だけでなく、あらゆることに渋滞があって、その研究をされた結果を本にまとめてる。私からすると、将棋の格言である『一番強い手が最善手というわけではない』と同じことが結論づけられているだろうと思ってる。渋滞解消のコツは『わざとゆっくり行った方が結局は早く行ける』であり、それがあらゆる分野での渋滞解消のコツになる。

西成先生の本を井上陽水をBGMにして読んでる。

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陽水も『一番強い言葉が、最も優れた言葉というわけではない』という人である。陽水の歌詞は意味がわからないようで、結局は美しいラブソングとして表現されてる。そこに皮肉も混ぜてるところが、また素晴らしい。結局は井上陽水の歌には渋滞がないのでしょう。

今日の午後には雨はあがる。テニスコートには愛好家から未来のテニス選手まで様々な人たちがプレーを楽しむでしょう。しかし、それと同時に数々の渋滞を引き起こすのでしょう。その渋滞を解消するのが私の仕事なのですが、まだまだ力不足のところがありまして。

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眩しすぎて


今日は岡山に来てる。車で2時間半ほどかかった。400年前ほど前に秀吉は10日間で備中高松城から京都まで移動できたことにより天下を取れた。この10日間が異常に早かったのだ。それが今では3時間とかからない。岡山は何度か来てるけど、今日来た場所ははじめてのところ。けれど、その場所のカフェも美味しいお店も名所もスマホという小さなガラス面が全部教えてくれる。これが400年前なら、そういう情報を仕入れるために、その地方の情報通への根回しが必要で、それを仕入れる忍者みたいな人がいないと正確な情報が入らなかった。信長が本能寺で死んだことも秀吉には3日後に情報として入ってる。(これも早い)

京都大学の面白い先生が長期間にわたって暗闇で生活するとどんな影響があるのか1954年からハエで実験をはじめた。その実験の途中経過として、2012年に1500世代に渡る遺伝の変化として、視覚に頼れない分、シグナルと感覚、嗅覚などの特定な能力が高くなったという結果が出たそうだ。

僕も答えはわかってる。どうしないといけないか。

車や高速道路なんか使わずに、1ヶ月ほど仕事休んで歩いて岡山に行けばいいんだ。自分で食材見つけて食べればいいんだ。なければ飢死しそうになればいいんだ。そうやっていけばすごいテニスもレッスンも上手くなるだろう。けれど無理なんだ。でも、今のままでもいけない。現実論としての可能な限りの暗闇を自分で作る必要があるんだ。

今自分にこびりつく、鬱陶しい『邪魔』たちをどうやって排除しようか。

生徒さんにまとわりついてる『邪魔』たちをどうやって取り除こうか。

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