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ソビエト連邦共和国


『リストラ』という言葉の意味がはき違えられているように、人が人を通して理解するために必要不可欠な言葉という道具が、うまく使えていないということがある。また、『何を言ったか』より『誰が言ったのか』『みんな言ってることか』が優先される人には余計に違う解釈をされてしまう。とくに日本という国はこれから超少子高齢化時代に突入するんだから『リストラ』がとても必要になってくる。

同じような言葉に『ペレストロイカ』という言葉がある。意味は再構築ということだが、1980年代の後半にソビエト連邦のゴルバチョフ書記長(後の大統領)が破綻しつつあった社会主義国を再建しようとしてとった政策名のことである。この言葉自体もとても素敵な言葉なんだけど、結局は失敗になってしまったこと、ソビエト、ロシアという国の印象の悪さから、素敵な言葉とかそういう意味があるとか思われていない。

僕がレッスンで教えてるのは、まさにこの『リストラ』と『ペレストロイカ』である。足し算より引き算という要素が強く、気をつけないととても悪い意味で捉えられてしまう。いい意味でいえばシンプルとか無理のないってことなの。

そして僕はAB型だから二面性の男である。僕の中にはゴルバチョフのような平和主義者である一面と、プーチンのような目的達成のためには手段を選ばない一面がある。ソビエト、ロシアという国に僕が僕を理解するためのヒントが隠れてるのかもしれない。

あっ、それから仕事の方でも来年から本格的に『リストラ』と『ペレストロイカ』するよ。

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脈絡がない


自分なりにテニスのことが少しずつわかるようになってくると、お友達が減ってくる。根本的な間違いに気付いたりするもんだから、たかだか遊びのテニスなんだけど、何か人間否定のようなアドバイスに取られかない。だから、最近はテニスのことを話しするときにその辺を気にしすぎて他人行儀になりすぎる。ゴッドファーザーのマイケルみたいな顔をしてることが多いんじゃないかと思う。自分では認めたくないだけで、ちょっとイライラしてるから子供たちにあたってしまうこともある。すごい自己嫌悪におちいる。

今日は休日だ。

雨で子供たちの少年野球もない。こんな日は何をすればいいのだろう。嫁が部屋の模様替えをしてるから手伝うべきか。子供たちは将棋してるから一緒に遊ぼうか。それとも本でも読みながら昼寝でもしようか。そんなこと考えてたら、なぜかアメリカにレイモンドっていう女子のテニス選手がいたことを思い出した。彼女のテニスが素晴らしかったというのが頭に浮かんでくる。

どうやら今の僕には、脈絡というのがないようだ。いやむしろ脈絡をわざとつなげようとしてないのかもしれない。テニスの試合に負けるときってこんなときだよね。

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展開


多数決で物事を決めるって公平なようでそうではない部分がある。正しいかどうかもわからない。例えば我が家族は男が3人で女が1人なんだから、多数決で物事を決めてしまうと嫁が全て不利になる。じゃあ権力で全てを決めたらどうなるか。これも問題が多い。我が家で働いてるのは父親の私だけなんだから、家族で旅行に行くのも、食事にいくのも全て私が稼いだお金を使うことになる。けれど、その権力を生かして全て私が決めてしまうと他の誰も喜ばない。

しかし、優柔不断も良くないように物事の決定が多数決であれ、権力であれ決まらない、もしくは決めるのが遅れるというのも困ったものである。ただ、その決定方法によく使われる多数決と権力というものがあまりにも強すぎて良くない結果を生み出しているような気がする。物事の決定、判断、決断には強い方法よりは、もっと抑えた少し弱いんじゃないかと思われるような方法が必要であるような気がする。たまには最も弱い立場の人間の意見を尊重したり、たまには最も強い力のある人に委ねるということもいいだろう。また、多数決もどんなに議論を重ねても決まりきらなくての最終手段として使えばみな納得することができるし、権力があるってことは同時にそれなりの責任があるわけだから、責任をとる人の立場も考える必要がある。

何かいろんなことで『浅いよなあ』って思うことが多い。私が教えてるテニスでも角度が鋭角ならナイスコースだとか、相手がいないところへ打てば「よく見てた」とか、スコアがなら6ー1なら圧勝だとか…。子供のテストでも90点以上だとよくできましたで、50点以下だと理解してないとか、会社の利益なら前年比増なら評価は高く、前年比を下回るとがんばってないとなる。つまり、物事をもう少し違った角度、深く掘り下げるってのは、もっと強くするのではなく、もう少し緩める弱い手の選択が必要な気がする。まだ、いろんなことで真実も本質も見えてないんだけど、そこに真実や本質は隠れてるんだと思う。それを展開というのだろう。

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迷わない


おばあちゃんが、子供たちのために本を買ってきた。

読んでみたら『こどもの』が余分じゃないかと思った。ページ数や量は確かに『こどものための』なんだけど、内容は大人子供と関係ない。簡単に書いてるけど本当に理解して実践してる人は多くないはずだ。

利に合えば即ち動き 利に合わざれば即ち止まる

物事の判断として『好きか嫌いか』と『有利か不利か』のどちらを基準に考えれば適切なのかなんて、すぐに正しい答えを導き出すのは難しい。何が有利なのかわからないから、好きなことを選択するとそれが後で有利だと気づくこともあれば、何が好きなことなのかわからないときに、有利なことを選択すると、それが後になって好きなことだったと気づくときもある。要はわからない、迷っている状態が多いの。でも、孫子は迷わない。

最近、お天気の週間予報はずっと雨だ。先週もそうだった。けれど全部雨だったわけではない。秋雨前線が停滞する時期で、それが上がってくるのか下がるのかがわからないからだ。今日だって昼から雨は上がる予報だが前線次第ではわからない。台風の軌道もわからない。一応は週明けに上陸しそうなんだけど、それも曲がり方次第でわからない。気象予報士さんもさぞ迷っていることだろう。でも、諸葛孔明は迷わない。

僕は孫子みたいな偉い人じゃないから、決断に多少の迷いがあっても構わない。諸葛孔明みたいに人に頼られる人でもないから、秋雨前線や台風の動きが読めなくても構わない。けれど、テニスコーチだからテニスコート上では迷いたくない。生徒さんがテニスコート上で迷うのは僕の責任だ。

そんなこと考えながら早速迷ってる。昼からは上がるはずの雨が上がらない。昼からのレッスンをやるかやらないかで迷ってる。

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もしも『待ち』ができたなら


レッスン前に少しオンコートで、今日のレッスン内容をアシスタントコーチと打合せをした。そのときに、どうも体のキレが悪いことに気づいた。そんなこと感じながら打ってたら、後ろで見てた生徒さんが動画を撮らしてくれと頼まれた。だから調子が悪くても『待ち』が作れるショットだけを撮ってもらった。

本当の実力ってのは、状況や調子の悪いときにどうするかというようなものでわかるんだけど、どうしようもない日があるのも事実だ。結局は『待ち』がない、作れない日というのは何をやってもうまくいかない。テニスだけじゃないけど、1年はおろか1ヶ月に一度、調子が悪い時期は1週間に一度とかいうペースで、そんな日があって避けることが難しい。そんな日が試合の日だとかだと絶対に勝てない。(そうならないようにピーキングがあるんだけど)

僕はそんな日が大事な日と被って、最悪な結果だったときに頭に流れてくる歌がある。

 

  もしも『待ち』ができたなら
思いのすべてを軌道にして
きみ(自分のペア)に伝えることだろう
ボディ展開にはボディ展開のよに
ストレート展開にはストレート展開のよに
打ってきたときは打ち返すよに
だけど ぼくには『待ち』がない
君に待たせるコースもない
ラケット面はいつでも半開き
使いたい腰が残される
アア アー アア ………
残される

もしも『待ち』ができたなら
小さなコースを一つだけ
きみに待たせることだろう
ペアのこと考えた展開や
心が通わぬ相手ペアや
おさえきれない相手の打ち方が
だけど僕には『待ち』がない
ペアと夢みることもない
心はいつでも空まわり
待たせるコースさえ遠ざかる

  アア アー アア ………
遠ざかる 

毎日がこんな日だと辛すぎるけど、たまのこんな日は、この歌聞いて落ちるとこまで自分を落としちゃえばイイんだよね。そしたら、また『待ち』ができるから。

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井上陽水の歌が美しいわけ


やんでるはずの雨がまだ降ってる。子供の野球のリーグ戦が中止になったので、ちょっと難しい(私にとって)本でも読もうかと思ってる。

この著者の西成先生は、車の渋滞だけでなく、あらゆることに渋滞があって、その研究をされた結果を本にまとめてる。私からすると、将棋の格言である『一番強い手が最善手というわけではない』と同じことが結論づけられているだろうと思ってる。渋滞解消のコツは『わざとゆっくり行った方が結局は早く行ける』であり、それがあらゆる分野での渋滞解消のコツになる。

西成先生の本を井上陽水をBGMにして読んでる。

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陽水も『一番強い言葉が、最も優れた言葉というわけではない』という人である。陽水の歌詞は意味がわからないようで、結局は美しいラブソングとして表現されてる。そこに皮肉も混ぜてるところが、また素晴らしい。結局は井上陽水の歌には渋滞がないのでしょう。

今日の午後には雨はあがる。テニスコートには愛好家から未来のテニス選手まで様々な人たちがプレーを楽しむでしょう。しかし、それと同時に数々の渋滞を引き起こすのでしょう。その渋滞を解消するのが私の仕事なのですが、まだまだ力不足のところがありまして。

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ただ前を見たいだけ


将棋の格言に『一番強い手が最善手というわけではない』というものがあります。恐らくは羽生さんが言った言葉だとは思うのですが。その羽生さんが著書で将棋に最も似ているものとしてテニスを挙げられていました。『一番強い手』には綺麗だとか力強いフォームも、ボールの速度も、敵のいないところへ打つというようなことも含まれていると思います。それはそれで打てれば悪いことではありませんが、相手があっての将棋でありテニスな訳ですから、自分だけじゃない限りはすべての物事においてこの格言は当てはまるのではないでしょうか。

昨日は久しぶにに練習に顔を出した学生コーチと練習したのですが、試合をした後に色々と質問されました。(質問の内容自体は前向きな質問)けれど、あまりしっくりとは来てないようでした。自分でいうのも変ですが、私の説明に問題があったわけでもなく、聴いてる子に問題があったわけでもありません。それでも分かり合えないのは『一番強い手』を打ちたい人に対して、その時々での『最善手』がなんなのかをいつも考えてる人がわかり合うのはとても難しいことです。(これは仲良しとか信頼関係があるとはまた別問題)

同じ将棋界の升田幸三先生が『将棋は人生だ』『その人生とは話し合いだ』とおっしゃられていました。テニスを人生に結び付けれるほど、私はテニスを理解していないので大それたことはいえませんが、私なりの私レベルに落とした言い回しなら『何事も一人ではできない』というようなことになるでしょうか。

だから『待つ』ということと『どこを見たいか』を大切にしていこうと思います。

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ミスについて


自分のやりやすさも大切だけど、同時に相手からのやりにくさというものも考えておいた方がいい。野球では投げにくいバッターというにがいる。柔道でも組みにくい相手というのがいる。ボクシングでも手を出しにくい相手がいる。話し合いでも、交渉しにくい人というのがいる。

結局は自分がやりたい得意なところは押さえられていて、それなりの下準備があればできるけど、そのための下準備があるのかないのかを見極めらていて、条件が合えばやれるけど、その条件を先に潰されていたりと、押さえるところは押さえられているという相手は困ったもんだ。そういう相手にはとてもミスが出やすいから、余計に相手が楽になる。そのうえこっちは余分な力が入ってしまい自信があることまで出来なくなる。しかも見切られてるから、たまたままぐれで出来ても、これが二度三度と続かないことがバレてるから、全然焦ってくれないのでハッタリも通じない。

よくミスは自分との戦いだからというが、それだけではないような気がする。ミスは相手が押さえるところは押さえられているときに頻発する。それで自分を見失うというのがパターンだ。逆に押さえるところを押さえていない相手には、ミスが少ないし、いつもは出来ないことまでできるから調子づいてくる。

テニスはよくミスのスポーツだという。

テニスだけじゃないだろう。他のスポーツだって、将棋や囲碁だって、ビジネスにしたって何でもそうなんだろうと思う。ただ、そのミスは自分だけの問題ではなく相手の隠れた技術があることを忘れちゃいけないと思う。ミスが出て負けたら反復練習すればいい、走ったり厳しいノルマを課してメンタルを鍛えるというのは安易のような気がする。そして、あたりまえだけど忘れがちなことがもう一つある。

ミスしたいと思ってミスしてる人は誰もいない。

僕みたいな変わり者は、ミスして怒られたら「お前がやれや」と言えるけど、それが言えない人がミスを怒られているのをみると、いつも心が痛む。

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継続


『何もしない』と『何もできない』は全く意味が違う。だから『打てるんだけど打たない』と『打たない』は違う。『何もしない』が戦略として最も正しいとしても、実践するのは簡単なことではない。

今日は意味ないなと思う仕事をちゃんとした。(雨だったし) 意味はないけど、それを誰よりも早く誰よりもちゃんとやってれば、今後に先手を打てて、発言権があり無駄な仕事を断ることができるからだ。自分のいるスクールの町の情報なんて、市役所の市報に書いてあるし、町の問題は市議会議員選挙の演説聴いてれば大枠はわかる。生徒さんからの情報はフロント前でガット張ってればわかる。こうやって、暇な時間を作るための努力はちょくちょくやってる。要は『やれるんだけど やらない』という形を作るためだ。暇な時間こそが自分のレッスンをよくする栄養源だから。

『打てるんだけど打たない』の『打てるんだけど』には隠れた努力と要領の良さが必要だ。逆にいうと『打てるんだけど打たない』の『打たない』を努力したってあんまし意味がない。それで『打てるんだけど』を身につけるには、難しいことじゃなくて簡単なことをやればいいんだけど、継続してやるという条件がつくんだよね。この継続が難しい。

小さなことからコツコツと

なかなか出来ないんだよなあ。

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リターン


一般の方のスクール生大会で、女性の生徒さんに男性のサーブが曲がるから返せないと質問されました。「すごい曲がるんです」「こんなんよ」と身振り手振りで説明されて「コーチは何で返せるんですか」「どう曲がるか何でわかるんですか」と聞かれました。

レッスン中じゃなく、大会の運営もしてたので手短にこう答えました。

「まず簡単な分類です。遅いのか速いのか、横に曲がるのか縦に弾むのか」

「それから、どう曲がるかよく見たり、考えてしまわないことです。実際に僕もどう曲がるのかなんてわかってません。」

「だから、初めて対戦する人のサーブは最初からベストヒットしようとなんて全く考えてません。どういうタイプで、どうタイミングを合わせて行こうかな みたいな感じです」

これ以上はできる人の論理だと言われるので説明しなかったのですが、相手の軌道を分類してタイミングを合わせれば、軌道と自分の体全体が一緒に動くようになってきます。敵の打った軌道なんですが、その軌道と自分の体が一体となったハーモニーのような感覚になればリターンゲームはこっちのもんです。しかし、そんなこと書きながら私も全てリターンを返球できるわけではありません。利き腕側の腰が早く持ち上がり、その後もラケットが出てこないで胸が張られ、ラケット、腕の出どころがわかりにくいサーブを打つ人は無理です。(左利きに比較的多い)そういう人のサーブ軌道も分類には当てはまるのですが、軌道やコートに落ちてからの弾み方に角があるのでどうしても差し込まれてしまいます。

ちなみに、若き日の速いサーブを打てた私のサーブを「軽いなあ」といって簡単に捕らえてしまう師匠に「何をみてわかるんですか」って聞いたら「腰」とだけ言われました。これについては正直今もよくわかってません。ただ、そんな師匠も、私と試合形式で初めて対戦したときは、私からノータッチを取られました。しかし、その後は二度とありませんでしたが…つまり何かを見切られたんでしょう。

まだまだ、わかってないことだらけです。

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