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保つ工夫


先週は季節を間違えたかのように、昼間の気温は30度くらいになるような暑さだった。おかげで肌は一気に焼けてしまい腕や首筋は真っ黒になってしまった。けれど、身体はまだ疲れていない。同じ30度でも夏と春では違いがある。

時間があればといいながら全然調べれてないんだけど、以前に不可抗力で起こる突発的な怪我(肉離れ、腱断裂)などに湿度が関わっているのではないだろうかと考えたことがある。私の仕事は客商売である側面もあるので、クレームや生徒さんの動きの悪さなどにも湿度が関わっているのは明らかだと考える。湿度とは『快適』という言葉との相関関係が強いような気がしている。人は常に快適な状態を保ちたいという欲求みたいなものがあるが、湿度を一定に保つのが難しいように、人の快適も保つのが難しいものです。

今、テレビで将棋のNHK杯を見ながら書いてる。将棋もお互いに『快適』の求め合いにみえる。湿度と同じで7割以上になれば不快でカビなどの菌が増殖してしまう。一方で下げすぎも不快でウィルスが増殖してしまう。だから、将棋素人の私から見れば攻めてしまえばいいのに、意味がわからない金を引いたり、銀を引いたりという駆け引きが続いてる。

今日はとても天気がいい。昼からは子供たちの野球の練習を見に行く。ただ、この天気はずっと続かない。それは私の仕事もレッスンもテニスも、長男のピッチングの調子も、将棋の対局も…。

ずっと快適を一定に保つことは非現実なんだけど、できるだけ快適の時間を長くする工夫が必要なんでしょう。そのためには何でも上げる、攻めるではなく、時には下げる、引くということも必要なんだと思います。

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ごちそうさまでした井上くん


久しぶりにボクシングを生で見ながら書いてる。井上尚弥っていう世界チャンピオンを初めてちゃんと見たけど、めちゃくちゃ強い。今まで見た中で一番強い気がする。

ボクシングの右構えというのは左足が前にくる。マイクタイソンも辰吉丈一郎もこの右構えなんだけど、左のパンチが実に上手かった。けれど、井上尚弥はそれをはるかに超えていると思う。しかも、今日は試合中にスイッチといって前足を左足から右足の左構えに変えて強烈な左ストレートを打ってた。結局試合は序盤から左のアッパー、ジャブ、ストレートときて最後はフックでKO勝ちの圧勝だった。

ボクシングを見て、こんなにテニスをしたくなるのは初めてだ。『ごちそうさまでした』ってくらい、目と腰のいい見本を見せてもらった。

明日の俺は井上尚弥になりきってんだろうなあ。

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摩擦


大人はとにかく意味もなく摩擦を避ける傾向にある。私も最近は人と摩擦を起こすことが減った。それは私が大人になったということはあるのですが、それ以上に私との摩擦を避ける人が多いことに最近気づいた。人間関係の摩擦は悪い意味で使われてるけど、日常では摩擦力にとても助けられてる。けれど、頼りすぎたら摩擦力以外の大切な力というものを見失いがちになるもんだ。

本業ではスプリットステップの大切さを伝えてるんだけど、伝わる人と伝わらないといけない人の差が大きい。しかも、その差が何からきてるのか見えない。この見えないときが私はとても苦しい。スプリットステップについて、私の伝え方の問題もあるんだろうけど、もっと何か違うことがわかってないような気がする。

今やってるレッスン内容が見えなくて苦しい私も、はっきりと見えてることもある。けれど、それはそれで私との摩擦を避けてる人たちは聞いてくれない。

疲れたときは早く寝る。脳に摩擦をかけないために。

うまく打てないときは、早くとまる。ボールに摩擦をかけないために。

とまれないときは、スプリットから考える。地面に摩擦をかけないために。

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準備の準備


小学校の頃、前の日に時間割を見てランドセルに教科書を入れるという準備をしなければいけなかった。母親に「なんで?」と聞いたら「天邪鬼」と怒られた。学校の先生になぜ宿題をしないといけないのか質問したときも同じだった。中学に入ると予習もしとかないといけないと言われた。そして、どれもちゃんとやらずに生きてきた。

そんな僕も、今では事前準備を怠った若者を怒ってる。ただし、それに対して「なんで?」と聞いてきたらちゃんと答えるようにしてるつもりだ。答えれないことについては怠っても怒りはしない。

大切なのは準備そのものより、なぜその準備が必要かということに答えられるかどうかなんだと思う。みんながやってるから、常識だからと思われてる準備はさほど大切じゃないような気がする。なぜその準備をするのかがわかった準備と、常識としてやる準備は、その準備の準備が違うような気がする。

テニスのスプリットステップは常識なのかな。意味もなくぴょんぴょん飛ぶのを見てちょっと首を傾げながら。

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身に覚えのあることだろ


次がわかる、先が見通せる、未来が見えるということが出来るように努力をしてきた。そしたら、それなりにその能力も高くなる。すると、その能力を使ってすぐにズルをしたがる。賢くなるということも、能力が上がるということも、全てがプラス方向に働くわけではないようだ。

昔からのことわざとは賢いもので、そんな私の愚かさを先に気づいていたかのように『身から出た錆』なんて言葉がある。心や脳じゃなくて身なんだよね。心も脳も簡単に嘘つけるし、それをついてることすら忘れて都合の良い選択や回路を選べるようになってる。けれど、自分の身体が実際に動いてやった行動だけは嘘をつけない。

生徒さんが、わかってきてるのに、最後の最後に焦ってミスしてしまう。これも身から出た錆なの。私自身がごまかしてる技術があるから。ごまかせるってことは能力としては高い。けれどそれじゃあ生徒さんは上手くならない。しかも、自分が辛くて追い込まれちゃう。

もっとここには書けないようなマズい部分が見えてる。頭に聞いたら、自分が悪くないという理由と根拠が完璧に準備されてるだろう。ただ、それを使っても無意味。逆に良い部分も出てる。それはそれで身に覚えのあることである。

結局、行動の積み重ねしかないんだろうね。

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好きなところ(身体で感じる)


子供が少年野球をやってるので、小学生の野球の試合もよく見る。すると、小学生だから周りから見ると、とんでもないボール球(悪球)に手を出す子がいっぱいいる。私は子供らしくて微笑ましくそれを見るのだが、監督、コーチは大激怒している。「どこを振ってんねん」そりゃ監督コーチの気持ちもわかるけど、もう少し子供たちをよく見た方がいいと思う。

私は競技は違えど専門家だから見たらわかるんだけど、子供たちはストライクゾーンの球を打とうとしているのではなく、自分の好きなところを打ちたがっているのだ。高い低い、外側内側とそれぞれに好きなゾーンってのがある。監督やコーチはベルト付近の高さが打ちやすいと思っているのかもしれないが、みんながそこを打ちやすいわけではない。好きなところというのは3点がなぜか見えるところで、

①前から飛んでくるボール

②打点

③打っていきたい方向

これら3つがつながる場所っていうのがみんなある。けれどみんな一緒じゃない。確かに好きとはいえ完全なボール球だから当たらないことが多いのだが、体の使い方はとても自然なのである。だから、それを見てやって「君は高めのボールが得意なんだよ。だから低めを見逃せるようにしようか」って言ってあげればいいだけなんだけど、見えない人には見えない。

そうするとテニスは野球みたいに見逃したり出来ないっていうんだけど、よくよく考えて見ると自分の好きなところで打ってる人が強い。悩んでる人は自分が打ちたい好きなところと、実際に打ってるところが違ってる。野球でも苦手なところはわざとファールにするという技があるように、テニスだって、自分の苦手なところでは無理をせず、次を自分の得意な形にするという配球や展開をすればいい。

ただもっと元をたどれば、そもそも自分の好きなところを知らない人が多い。もしくは自分(脳)が好きだと思ってるところと、自分(身体)が好きだと思ってるところが違う人もいる。この場合正しいのは身体の方なの。

よく「相手を見て」って言うんだけど、それって自分の好きなところ、やりたい得意なところを知ってるという前提条件があっての話なんだけどね。

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保護中: 富士山


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保護中: お尻


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