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楽しいリズム


長男が10歳になった。子供が大きくなってくると、その教育方法で嫁と意見が合わないことが出てくる。一日30分から1時間は机に向かう時間を作るとか、塾の短期講習を受けさせるとか…。僕はそれらがみんな反対意見。まだ遊ぶ時間が足りない。もっと遊んでほしい。遊ぶ時間が多ければ多いほど賢くなる。子供たちが遊んでる姿をちょっとだけじゃなく、長時間見たことある人って少ない。僕みたいな暇人間でないと難しい。子供たちは飛び跳ねて全身でリズムをとってる。スキップして楽しさがにじみ出てる。

テニスでは遊ぶ時間を自分で作らないといけない。遊ぶ時間は相手が対ボレーなら、自分の打ったボールがネット越えるまで。対ストロークなら自分の打ったボールがバウンドするまで。この遊ぶ時間が多ければ移動がスムーズだし、ショットにゆとりがあるし、運ぶのも、引きつけてコースを突くこともできる。つまり自由になれることが多くなる。生徒さんのレッスンやレンタルコートやってるところを長時間見たことある人って少ない。僕みたいな暇コーチじゃないと難しい。生徒さんは全身でリズムがとれてない。足は細かく動いてるけど忙しなさがにじみ出てる。

僕みたいに大人になっても遊びすぎの人間は良くない。けれど、真面目だけど忙しいばかりの人間もくだらない。その間のちょうどいい塩梅があって、そんな子に我が子も育てたい。この概念を嫁にどう伝えるかが問題だなあ。

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普通のレッスン


普通のテニススクールで、普通のテニスコーチならボレーはコンパクトにセットして振らない。「ほら、振ってないのに飛ぶでしょ」ってデモンストレーションをやるのが普通だ。僕から見たらそれは詐欺でしかない。僕の普通のボレーはコンパクトにセットはしないし、スウィングする。これが普通のボレーだ。

今週は偉い人と打ち合わせがあったけど、社会人として普通の計画の立て方、見込み、予測は僕にとっては詐欺でしかない。これが普通なら間違いなく破綻の道を進むことになる。

将棋の朝日杯オープンの対局見てたら、解説者が「普通は4ニ銀ですけどね」って次の手を読むんだけど中盤以降はほとんど当たらない。普通にやると負けてしまう世界なんだけど、羽生さんはその普通の手を指さないで勝ち続けることが普通になってる。

このブログの内容は常々物語であると言ってきた。その物語こそが普通の正体であり、物語を書いた作者の中に普通は存在する。そして普通は当たり前ではない。当たり前にするには練習が必要だ。自分の世界の中にある普通を当たり前のものにしていかなければいけない。

明日も普通のレッスンがしたいなあ。

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時間の使い方


書類系の締切というものにとてもルーズで、偉いさんに疎まれてる私では説得力に欠ける話であることは、最初に言っておこう。結論からいうと、時間の使い方において最も大切なことは『締切』ではない。どこに『ゆっくり』『ゆったり』という時間をどれだけ使えるようにするかが最も大切なことである。これを本当は締切をちゃんと守る社会的に立派な人間がいえばもっと説得力があるのではあるが…。

X JAPANというロックバンドがいる。彼らは…と言いたいところだが、X JAPANというバンドを経営してたのはYOSHIKIである。YOSHIKIは『締切』ではなく、どこに『ゆっくり』『ゆったり』とした時間を使うかということを重視して、ロックミュージックの世界で天下をとったバンドであるとも言いかえることができる。

そのX JAPANを紐解く中で着目すべきが、いわゆるメジャーデビューする前のインディーズ時代にある。まずYOSHIKIはメンバーも定まらない頃に、自身のレコード会社を作っている。また、ロックミュージシャンはそのイメージに神秘性を持たせるためにテレビに出ることを控える風潮があった中で、当時の人気お笑い番組『天才たけしの元気がでるテレビ』に出演したりと、これまでの既成概念というものを無視してきた。そこで知名度を上げて自分たちの曲を聴いてもらう機会を作り、メジャーデビューできる当時の基準でもあったインディーズで1万枚という売上枚数に達しながらも、中々メジャーデビューはしなかった。そのうえ、ライブで会場を満員にできたにも関わらず、ライブに来た人に、当時としては珍しいミュージックビデオを無料で配っていた。おかげでYOSHIKIを含むメンバーはときにアルバイトで日銭を稼ぎながら、ライブやCDの売上のほとんどをミュージックビデオ制作の費用や、ガソリンなどでライブごとに燃やしたり破壊するドラムセットなどの費用にあてられるという自転車操業的な経営をしていた。

これがYOSHIKIの時間の使い方である。まず「メジャーデビューさせてください」と言うのではなく、大手レコード会社から「うちでメジャーデビューしてください」と言わせたところに一つ目の勝因がある。1万枚売れたくらいでメジャーデビューしてしまうと、CDの発売日やそれに関わるプロモーション費というのはレコード会社主導で決められてしまう。いずれはロックバンドでもミリオンセラーして、日本を代表するようなロックバンドになることが夢でも、レコード会社からするとそこまでは当時のロックバンドごときに望んではいなかっただろう。だから良くて5万枚くらい売れるアルバムが一度でも出ればいいだろうくらいにしか考えてもらえない。流行に敏感な音楽業界でロックバンドなんかがミリオンや何十年と音楽の世界に残り続けるはずがない。だから、テレビで少し知られて、数万枚売れる間に使い切ってしまおうと考えるのがレコード会社である。また、メジャーデビューした最初のアルバムが60万枚以上いきなり売れたために、レコード会社としても重要なアーティストになってしまった。そのために発売日やライブの日程などを主導で決めれなくなってしまった。通常であれば年に3〜5枚のシングルと二枚ほどのアルバムを出させて、流行が消えてしまわぬうちに出せるだけ出してしまわせる手法のレコード会社が、X JAPANにはそれを強要出来なかった。そのため、YOSHIKIは3〜4年に一度というようなペースでX JAPANのアルバムを制作したかと思えば、突如一曲が30分ほどある曲を発売したり、制作活動に煮詰まって勝手にソロ活動したりとやりたい放題だった。つまり、YOSHIKIは自分の作品を作る時間だけは誰にも邪魔されず『ゆったり』『ゆっくり』を確保し、締切というものはあっても自由に操作してしまえる状況を作り出したところに勝因がある。彼が音楽制作をする場所を海外にしたことも、レコーディングするスタジオさえも自分で購入したことからも、それを重視したことは明らかだろう。

話は変わるようで変わっていない。この概念を今日はレッスンでレディースの大会に出てる人から6歳の子供まで伝えた。力の入るところや、体の前でとか、いわゆる一般的に正しいとされる打点(締切)ばかり考えているからだ。それを失礼ながら帳尻合わせと呼ぶんだよ。大切なのはそこじゃないんだ。どこに『ゆったり』『ゆっくり』という時間をどれだけ使えるようにするかなんだ。

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ダブルスでナイスポイントがあると、ペア同士でハイタッチをするときがある。このハイタッチをただ手と手を合わせようとしても上手くいかない。必ず相手の手を捉えるための予備動作が入ってる。この予備動作なしにハイタッチしようとすると誰とやっても息が合わない。

僕は性格的に短気なところがあり、昔から手足が出てしまい方方に迷惑をかけたことがある。昨年の忘年会も後輩の段取りの悪さ、お店のドリンクが出てくるタイミングが悪くイライラしてた。そんな僕だけど、テニスでは短気じゃなくなった。味方ペアだけじゃなく、相手ペアともお友達になるように心がけてる。そうすれば、味方ペアとのハイタッチのように、相手からのボールも捉えることができる。それは手の適切なタイミングでの予備動作が入るから、ゆったりとタイミングがとれ、力みがなく、肘が抜けて、手首が入る。

漢字の『友』という字の由来には、『右』という字を二つ重ねてるという意味がある。右手と右手が合わさってるんだ。それはハイタッチや握手という姿があり、それが合うから『友』なんだ。だからみんなナイスポイントの後のハイタッチは手首が適切に入ってる。けれど相手からのボールには手首が適切に入ってない。その答えは簡単だ。『友』になれてないからだ。

ペアだけじゃないよ『友』になるのは

相手ペアも飛んでくるボールも

だから絶対に叩いちゃいけない

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肩→アキレス腱→左腰→左手


テニスの打ち方の指導で『肩』のことをいう人コーチが多いように思う。打ち方で『肩』の動きや位置をアドバイスすること自体が間違いとは思ってない。けれど、その『肩』のことをいうところのもう少し深い部分が知りたい。ちなみに僕は『肩』のことをあまりいわない。ただ最近になって『肩』と視野に大きな関連があるように思ってる。今までは視野といえば『肩』より『首』だった。

肩、肩、肩…と考えてたら、それどころじゃなくなった。昨日のコーチ同士の練習会でアキレス腱付近を痛めてしまった。ダブルスマッチにシングルスもやり、マッチポイントをとってからの逆転5ー7で負けちゃったけど、バックハンドのスライスが好調で、我ながら素晴らしい左から右への体重移動でボールが重くすべってた。そのシングルスが終わって、他のコーチと軽くラリーしてたら、とくに激しい動きでもなく、捻ったわけでもないのに、バックハンドのスライスを打つときの右足に体重をのせにいったところで「グニュッ」とした音のような感覚の痛みが走った。夜も若い子の研修でオンコートで指導してるときに、痛みがひどくなってることに気づいた。そして帰ってお風呂に入ったときに、アキレス腱付近が内出血してるのを見つけた。

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痛みは何もしてなければさほどでもないが、ちょっと嫌な予感がしたので珍しく病院へ。レントゲンもとってもらい、いちおうアキレス腱、骨には異常がなかった。ただし、どこかにぶつけたわけでもないのに、この部分の内出血は珍しいと医者に言われた。アキレス腱付近の毛細血管が切れてるようだ。(何かわかった人は教えてください)

僕の意識が『肩』から『アキレス腱』と移り、その右側をかばって夜にテニスしたために『左腰』が痛くなってきた。そしたら、トニー君に「オンコートで左手の使い方を教えてくれ」といわれたので、今日の夜にオンコートで研究会をする。

今は人体模型とにらめっこしてるとこ。

 

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芸の浅さ


年末に昔お手伝いしてくれたコーチも呼んでテニスをした。25歳以上のオールドチームと25歳以下のヤングチームで団体戦からスタート。若者のボールは速く来年に40歳になる私はますますボールが見えなくなってきてることを感じながらのプレーでした。けれど、見えなくなった分、見えるところも増えてきており、接戦を制しました。その後も若い上手いどころを見つけて試合をして、これまたボールは全然見えませんでしたが、見えてるところ勝負でタイブレークの接戦の末に勝利。

試合は全勝で気分良くタバコをすってたら、路地人さんに一言「下手になった」といわれた。若い子たちは上手くなったと褒められていたが…。しかも一番最近よくなってきたと思われるサーブについては真反対の意見だった。

大晦日は紅白歌合戦を家族で炬燵に入りながらゆっくりと観た。歌の最中にけん玉のギネス記録に挑戦するという企画に代表されるように、派手なインパクトがないと数字が取れない時代背景を考えつつ、Xjapanのyoshikiだけは浅いサプライズでのドラムなんて見せずにクラシックなピアノソロでも10分くらい弾いてほしかったものだ。ほとんどの歌手に芸の浅さがみえ、余興の渡辺直美のダンスの方が深いくらいだった。でも楽しみにしてた三浦大知だけは芸に深さのあるものを見せてもらった。

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仕事の方では、今年も紅白のけん玉企画のようなものをやれといわれて断固として拒絶してまた嫌われるんだろうけど、そんなことより下手になったといわれた捉え方とサーブと深く向き合っていかないといけない。年始も身内のコーチ同士の練習会からはじまる。レベルもこっちの方が高いから何か深いものが見えてくるかもしれない。

仕事の方では昔の紅白を取り戻す。司会はアナウンサー、演出は生演奏、生コーラス、花吹雪、野鳥の会だけでいいじゃないか。

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迷うということ


12月にもなると至る所で、今年一年を振り返るようなことが多くなる。私もついこないだスタッフミーティングを開いた。そこで私なりの反省としてここ数年に渡って自分の『直感』に頼りすぎたことをスタッフに詫びた。いわゆる少し調子にのっていたところがあったと感じてる。昨日は将棋界で前人未到の永世7冠という記録を棋士の羽生善治さんが達成された。その羽生さんへの憧れもあり、羽生さんの著書によく出てくる『直観力』というものを、自分に都合の良いようにだけ解釈してしまった節がある。私の現在の能力では『直観の7割は正しい』というレベルになく、そのレベルでの直感を使ったのでは確率的にも50%という半丁博打みたいなものでしかない。テニスの試合に勝つ傾向の一つとして、3ポイント連取の数が多い方が勝つというものがある。半丁博打の確率で、3ポイント連取するというのは1/2の3乗だから12.5%しかない。つまり博打程度の確率では何をやっても上手くいくはずがないのである。

生徒さんには「迷うな」と言っておきながら、私自身が勘違いで迷ってないと思っていただけであり、実際には迷うべき能力しかないことを気付かされた一年だった。しかし、勝ち続けている頃の裏腹にある不安ではなく、負けてもその根拠がはっきりして見えていると逆に不安が少なく、前向きに進めそうな気がしているのも事実である。迷う状態というのは状況として良くないのかもしれないが、それは進歩していく中で必要なものでもあると考えられる。逆に迷ってないというのは、状況として良いときもあるのだが、勘違いや自惚れで、本当は理解していないのに理解してると思い込んでるときでもある。

『忘れる』ということにかけては右に出る者がいないといえるほどの得意分野なんだから、正しい反省をして来年につなげていけたらなと思いながら、独りで煙草をふかす夜であった。

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上達


自分でテニスが上手くなったなあって思うときがある。他人に自分のテニスが上手くなったと思われるときがある。それぞれに感じるところがあって思うんだろうけど、その本質的な部分まで掘り下げていくと結局は『予測できること』が増えたんだと考えてる。ただし、予測ができるという一点で考えているのではない。例えばサーブに問題があってそれを克服するために練習してセカンドサーブの質と率が良くなったために、ファーストサーブに余裕ができたり、サーブ打った後の展開が早くなったりというようにショットや動き、確率といった線としての流れを通して『予測できること』が増えたという考えだ。

すると、この私なりの上達の解釈から考えた場合に『予測できること』が増えるというのには大きく二つのルートがあると考える。一つ目は打ち方から入るルートと、二つ目は展開から入っていくルートである。線で考えるからには、打ち方も展開もどちらも必要なのだが問題は順番と重要度だ。私はこの二つのルートに正解はないと思っているが、人によっての適正と不適正があると考えているのだ。

そこで考えるべきは体力、時間、環境である。年齢的にも若く、体力もあり身体能力的にも欠陥が少ない。しかも時間的なゆとりもある。日に4時間以上、週に5日はテニスをできる。環境も自宅や近所にテニスコートがあるとか、その練習レベルに合った練習相手もいつもいる。極端な例ではあるが、このくらい体力、時間、環境にゆとりがあれば打ち方から入る方が適正であろう。もっとゆとりがあれば肉体改造することも可能かもしれない。しかし、ほとんどのテニス愛好家にそんなゆとりはない。それなのに展開よりも打ち方が大好きな愛好家が多い(これは日本人特有なのかもしれないが)

持論ではあるが、テニスはフィットネスではなくゲームだと思ってる。相手があってのテニスであり、そこには相手のことを考える、見るといった『予測ができること』がベースにあると思ってる(持論ではあるがとは書いてるけど本音は絶対にそうだと思ってる)そして、それを考えて、それを意図した軌道を描くことができれば自然と打ち方は適切になってくる。これがあってからの打ち方の反復なんだと思う。

そして打ち方の反復には時間、場所と相手がいる。それを自分に合わせて手配できる人は少ない。そこで私が重要だと思うのが『ひとり練習』だ。壁打ちを含めて、自分でボールを打ったり、何かをボールと見立ててイメージしたりというようなひとり遊びができないと上達しない。(今同業の若い連中にやらしてるのもこれを学ばせるため)ただし『ひとり練習』であり『ひとり遊び』でもあるのだから、これを心底楽しめるというのも才能の一つである。忙しい奴より暇つぶしの上手い奴に賢いのが多いのもこれがある。

どっからボールは飛んできたの

どんなボールが打ちたいの

それは何のために

じゃあどんな軌道にすればいいの

じゃあそこを見ればいいじゃん

次に動いてりゃいいじゃん

 

たったこれだけなのにね。

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ソビエト連邦共和国


『リストラ』という言葉の意味がはき違えられているように、人が人を通して理解するために必要不可欠な言葉という道具が、うまく使えていないということがある。また、『何を言ったか』より『誰が言ったのか』『みんな言ってることか』が優先される人には余計に違う解釈をされてしまう。とくに日本という国はこれから超少子高齢化時代に突入するんだから『リストラ』がとても必要になってくる。

同じような言葉に『ペレストロイカ』という言葉がある。意味は再構築ということだが、1980年代の後半にソビエト連邦のゴルバチョフ書記長(後の大統領)が破綻しつつあった社会主義国を再建しようとしてとった政策名のことである。この言葉自体もとても素敵な言葉なんだけど、結局は失敗になってしまったこと、ソビエト、ロシアという国の印象の悪さから、素敵な言葉とかそういう意味があるとか思われていない。

僕がレッスンで教えてるのは、まさにこの『リストラ』と『ペレストロイカ』である。足し算より引き算という要素が強く、気をつけないととても悪い意味で捉えられてしまう。いい意味でいえばシンプルとか無理のないってことなの。

そして僕はAB型だから二面性の男である。僕の中にはゴルバチョフのような平和主義者である一面と、プーチンのような目的達成のためには手段を選ばない一面がある。ソビエト、ロシアという国に僕が僕を理解するためのヒントが隠れてるのかもしれない。

あっ、それから仕事の方でも来年から本格的に『リストラ』と『ペレストロイカ』するよ。

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斜め


そもそも論としてテニスのサーブ用語として使われる『スピン、スライス、フラット』とは何なのだろうか。僕はそれなりに10年以上のキャリアのあるテニスコーチなんだけど、その違いをわかってない。というか正直わかろうという気がない。僕はいつもスピンサーブと思われるサーブしか教えていない。昨日の一般クラスでやってたのも、今日のトーナメントクラスでやったのも、6歳の子に教えてるのも。

そういえば私がテニスコーチになったころ、よくテニススクールのジュニアなんかにサーブのトレーニングとしてラグビーやアメリカンフットボールのような長円系のボールを投げさせているところがいくつかあったのを記憶してる。ちょっとマニアックになると長い棒状のものをやり投げのように投げさせているのも知ってる。当時は流行ってたのかもしれないが、最近はあまりみなくなった。けれど、僕の理屈からするととても正しいものである。(投げる側から見て時計回りに回転しながら軌道を作ってる)これ以外のサーブをサーブとは認めてないくらいの偏屈君である。

どんな偉い人たちに何と言われようが僕にはサーブはスピン以外にない。1985年にベッカーがフラットサーブで彗星の如く現れたといわれているが、何度もyoutubeではみたがどうみてもスピンサーブだし、マッケンローの鋭いアドバンテージコートでワイドに放つサーブも僕にはスピンサーブにしか見えない。

たぶん、僕の頭の中が傾いてて物事を斜めからしか見えないからなんだと思う。サーブが全部スピンにしか見えないのは。

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